
2025年5月7日 12:00
VOL39.【スポーツと開発概論】イギリスの「スポーツと開発(Sport and Development)」に関する取り組み
全体公開
スポーツ国際開発の国際動向の第7回では、カナダの「開発のためのスポーツ(Sport for Development)」についてご紹介しました。岡田(2015a)は、イギリス、カナダ、オーストラリアの3か国が政策レベルで「スポーツと開発(Sport and Development)」を牽引する国々であると評価し、3か国全てオリンピック・パラリンピック開催国であること、コモンウェルス国家であることを報告しています。日本の参考となることが多いとされるイギリスの「スポーツと開発(Sport and Development)」は(岡田,2015b)、具体的にどのような取り組みなのでしょうか。本稿は、イギリスがこれまでに取り組んできた「スポーツと開発(Sport and Development)」についてご紹介いたします。
2012年ロンドンオリンピック・パラリンピック開催を契機に実施された「インターナショナル・インスピレーション・プログラム(International Inspiration Programme: IIP)」
小林(2016)は、Sport for Tomorrowが開始された背景に、「インターナショナル・インスピレーション・プログラム(International Inspiration Programme: IIP)」との関係性について指摘しています。具体的に、IIPとはどのようなプログラムなのでしょうか。
2012年ロンドンオリンピック・パラリンピック開催が決定した2005年以降、イギリスの文化・メディア・スポーツ省(Department for Culture, Media and Sport: DCMS)は、2012年ロンドンオリンピック・パラリンピック公約の行動計画として「Before, during and after: making the most of the London 2012 Games」を発表しました。この計画では、5つの公約とその公約に基づく具体的なプログラムが示され、IIPはその3つ目の公約である「若者世代の活気づけ」として実施されることとなりました。「若者世代の活気づけ」では、以下の4つのねらいのもと、DCMS をはじめ、旧国際開発省(Department for International Development: DFID)*1)、ロンドンオリンピック・パラリンピック組織委員会、UK Sport*2)、ブリティッシュ・カウンシル*3)、国際連合児童基金(United Nations Children's Fund: UNICEF)などが連携し活動が実施されてきました。
*1)旧国際開発省(Department for International Development)はイギリスとの政府開発援助(ODA)の政策立案と実施を担ってきました。2020年9月外務・英連邦省と統合され、現在は外務・英連邦・開発省(Foreign, Commonwealth and Development Office: FCDO)となっています(JICA, online)。
*2)UK Sportsは主にイギリスのハイパフォーマンスといったスポーツ政策を担っています。
*3)ブリティッシュ・カウンシルとはイギリスの公的な機関で、文化、芸術、教育などを通じた交流を目的とした国際交流文化機関となっています(BRITISH COUNCIL, online1)。
2012年ロンドンオリンピック・パラリンピック大会開催の結果、多くの若者が地元コミュニティのために時間を費やすようになります
2012年ロンドンオリンピック・パラリンピック大会開催の結果、多くの若者が文化活動に参加するようになります
学校や大学といった教育機関におけるオリンピック・パラリンピックの価値観を育む活動を通して若者世代を活性化します
300万人の海外の若者世代が質の高い体育やスポーツに触れ、2010年までに100万人が定期的に質の高い体育やスポーツ活動に参加できるようにします
(Department of Culture, Media and Sport, online)
IIPでは、スポーツ、身体活動、遊びなどを通じて、イギリスを含む21か国・1,200万人の子どもの人生を豊かにすることが目的として掲げられました。IIPの主な成果としては以下のとおりです。
IIPによって、17か国で学校スポーツに関する政策や法を改正、9か国でスポーツに関する政策や法の改正、24か国では指導やコーチングに関するリソースの変更、5か国でユース政策に関する改正、など19か国の55の政策などに良い影響を与えました
IIPによって、7か国・308箇所でスポーツや遊びのための安全な場所の開発がなされました
イギリスの288校・海外の308校が国際交流の関係を構築しました
約256,000名(若者世代約50,000名)が質の高い体育やスポーツあるいは開発とスポーツの研修を受講しました
IIPの12か国・1,025のコミュニティでイベントが実施されました
IIPの11か国において16のアドボカシー・キャンペーンが実施されました
1,870万人以上の若者世代がIIPの活動に定期的に参加し、630万人以上の若者世代が直接的あるいは間接的にIIPに参加しました
(Ecorys UK, online)
なお、IIPプログラムの目標であるイギリスを含む21か国・1,200万人の子どもの人生を豊かにするという目標は、2011年のエジプトにおける活動で達成されたことも報告されました。岡田(2015b)は、イギリスの「スポーツと開発(Sport and Development)」は、政府開発援助(Official Development Assistance: ODA)の枠組み、スポーツの枠組み、これらに加えて、他の機関を包括した活動であったことをIIPの特徴として述べています。また、先述したIIPの3つ目のねらいや次に紹介するリソースに含まれる、オリンピック・パラリンピックの価値観を育む活動も、IIPとして特色のある取り組みであったといえます。
「インターナショナル・インスピレーション・プログラム(International Inspiration Programme: IIP)」リソース
スポーツ国際開発の国際動向の第5回で、GIZが中心となった「開発のためのスポーツ(Sport for Development)」リソース・ツールキットの一部をご紹介しました。イギリスのIIPでも各国の伝統的な遊びが紹介されています。伝統的な遊びを通して獲得できる身体的スキルやオリンピック・パラリンピック教育で育むことのできる価値観などを示したリソースが紹介されています。ここではIIPのリソースの中でもエジプトの伝統的な遊び「ハンカチゲーム」をご紹介します。
※BRITISH COUNCIL (online2)に基づき、筆者によって簡易化した内容を掲載しています。
エジプトの事例の他にも、ブラジル、バングラデシュ、エチオピアなど様々な国の伝統的な遊びがリソースとして紹介されています。
IIPは、2012年ロンドンオリンピック・パラリンピック大会後の2014年3月まで活動を行っていたことが報告されています。IIPに加え、イギリスはこれまで開発途上国へのスポーツ支援にも取り組んでおり、開発途上国に対する長期的な影響が期待されています。
参考文献
BRITISH COUNCIL. online1
BRITISH COUNCIL: International Inspiration Traditional Games Resources-Azerbaijan to Mozambique-. online2
https://www.britishcouncil.org/society/sport/current-programmes/international-inspiration
Department of Culture, Media and Sport: Before, during and after-making the most of the London
2012 Games-
https://data.parliament.uk/DepositedPapers/Files/DEP2008-1453/DEP2008-1453.pdf
Ecorys UK: Final Evaluation of the International Inspiration Programme
JICA:第8章イギリス
https://www.jica.go.jp/cooperation/learn/report/__icsFiles/afieldfile/2024/09/10/1550583_10.pdf
小林勉:スポーツで挑む社会貢献.創文企画.2016.
岡田千あき:国際社会における「開発と平和のためのスポーツ」の20年:我が国のスポーツ・フォー・トゥモロー政策の発展に向けて.大阪大学大学院人間科学研究科紀要.41:99-118.2015a.
岡田千あき:スポーツと国際協力-スポーツに秘められた豊かな可能性-.齊藤一彦,岡田千あき,鈴木直文編著.大修館書店.2015b.
執筆者
山平芳美(やまひら よしみ)立命館大学 スポーツ健康科学部 准教授
立命館大学スポーツ健康科学部准教授。専門分野はスポーツ国際開発学、スポーツ教育学。広島大学大学院教育学研究科博士後期課程修了(博士(教育学))。JICA海外協力隊(体育隊員)としてカンボジア王国の初等教員養成校での活動などを経て現職。主にカンボジア王国を中心とした、体育科教育やスポーツに関するフィールドワークを継続的に実施。【主な著書】「日本における『開発と平和のためのスポーツ』に関する取り組み:現場・政策・研究の動向に着目して」「スポーツと国際協力:スポーツに秘められた豊かな可能性(共著)」など。
過去の記事
VOL1.【スポーツと開発概論】体育・スポーツ担当大臣等国際会議(MINEPS)とフィット・フォー・ライフ(Fit for Life)とは?
VOL10.【スポーツと開発概論】フランスにおける「スポーツと開発(Sport and Development)」に関する取り組み ーその1ー
VOL23.【スポーツと開発概論】フランスにおける「スポーツと開発(Sport and Development)」に関する取り組み ーその2ー
VOL27.【スポーツと開発概論】ドイツによる「スポーツと開発(Sport and Development)」に関する取り組み
VOL32.【スポーツと開発概論】カナダの「開発のためのスポーツ(Sport for Development)」に関する取り組み
独立行政法人 日本スポーツ振興センター
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