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2025年2月12日 12:00

更新

2025年3月21日 7:35

VOL32.【スポーツと開発概論】カナダの「開発のためのスポーツ(Sport for Development)」に関する取り組み

全体公開

はじめに

 スポーツ国際開発の国際動向の第6回目は、カナダが取り組む「開発のためのスポーツ(Sport for Development)」*1)についてご紹介いたします。

 2024年パリオリンピック・パラリンピックが開催され、開催国であるフランスは「スポーツと開発(Sport and Development)」に積極的に取り組んできました(詳細はVOL.10; VOL.23)。フランスのように、近年オリンピックパラリンピック大会の開催国は、「スポーツと開発(Sport and Development)」を採用しているケースが多いことが指摘されています(岡田,2015a)。1年後の2026年2月には、2026年ミラノ・コルティナダンペッツォオリンピック冬季大会が開催されます。夏季大会のみならず、バンクーバー冬季大会(2010)を開催したカナダも「スポーツと開発(Sport and Development)」を積極的に採用した国の1つです。カナダでは、スポーツ政策として2002年に「連邦スポーツ政策(Canadian Sport Policy)」を、その後2012年に「連邦スポーツ政策2012(Canadian Sport Policy 2012)」が策定されました。Canadian Sport Policy 2012では、5つの政策目標が掲げられ、その政策の1つに「開発のためのスポーツ(Sport for Development)」が挙げられます。カナダの「開発のためのスポーツ(Sport for Development)」に関する政策やプロジェクトについてご紹介していきます。

*1)古川(2022)は、国連ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)やSDGsといった目標の実現にスポーツを通じた貢献する活動を「開発のためのスポーツ(Sport for Development)」としています。

Canadian Sport Policy 2012における「開発のためのスポーツ(Sport for Development)」

 カナダのスポーツ政策であるCanadian Sport Policy 2012の前に、カナダの国情について少し触れておきたいと思います。カナダでは、ケベック州の分離や独立をめぐる「ケベック問題」を抱えていることは周知の事実です。また、先住民の問題や移民政策に伴う社会的結束、多文化主義などの社会課題も抱えています。したがって、カナダでは社会課題を解決するためのツールとしてスポーツに期待が寄せられてきました(文部科学省,online)。

 カナダではこれまで、スポーツが他者に対する尊敬の意と寛容を育む側面を持ち合わせているためそうした理解を促すためのスポーツプログラムを実施したり、異文化に対する認識や相互理解を深めることを目的としたスポーツプログラムが実施されたりしてきました。Canadian Sport Policy 2012では、前述のようなカナダの背景を踏まえ、スポーツが社会的経済的な開発のためのツールとして活用され、カナダ国内外における好ましい価値の促進のための手段として活用されことを「開発のためのスポーツ(Sport for Development)」政策*2)のゴールとして掲げています。「開発のためのスポーツ(Sport for Development)」政策のゴール達成に向け、以下の4つの目標が掲げられています。

  1. アスリートがスポーツおよび社会におけるリーダーやロールモデルとして成長するよう支援を行う

  2. スポーツ、コミュニティ、国際的な開発組織が協力し、カナダ国内外の社会開発を目的としたスポーツプログラムを計画的に活用する

  3. スポーツ関連セクターは社会開発目標を達成するためスポーツを計画的に導入する

  4. 主催者側コミュニティや地域の経済に利益がもたらされるよう計画的にスポーツイベントを企画・実施する

*2)ケベック州はスポーツが社会経済に与える影響を認識しているものの、Canadian Sport Policyとしてのゴールに合意はしていないことが付記されています。

 2012年から2022年までの10年間のスポーツ政策として、Canadian Sport Policy 2012が策定されました。一方、Canadian Sport Policyでは、国内の政策として「開発のためのスポーツ(Sport for Development)」が位置付けられたものの、国際的に「開発のためのスポーツ(Sport for Development)」を導入するまでにはいたっていないということが課題として挙げられています(Kidd, 2013)。2022年にはCanadian Sport Policy 2012の「開発のためのスポーツ(Sport for Development)」に関する調査も実施され(SPARC and the Canadian Sport Policy Renewal Workgroup, 2022)、カナダのスポーツにおける「開発のためのスポーツ(Sport for Development)」の位置付けについて検討がなされています。

「コモンウェルス・スポーツ・カナダ(Commonwealth Sport Canada: CGC)」による「開発のためのスポーツ(Sport for Development)」

 カナダは、1991年に政府が「スポーツと開発(Sport and Development)」を行う専門機関を設置し、現在は「コモンウェルス・スポーツ・カナダ(Commonwealth Sport Canada: CSC)」(旧「コモンウェルスゲームズ・カナダ(Commonwealth Games Canada)」)を中心に、「開発のためのスポーツ(Sport for Development)」に取り組んでいます(岡田,2015b)。

 CSCでは、これまでに約30か国の125以上の「開発のためのスポーツ(Sport for Development)」プロジェクトを展開しています(CSC, online)。さらに、持続可能な開発のための2030アジェンダにおけるスポーツへの認識に基づき、世界の中でも先駆的に「開発のためのスポーツ(Sport for Development)」分野の取り組みを行っているとしています(CSC,online)。また、CSCでは、日本のJICA海外協力隊とは異なり、「スポーツと開発(Sport and Development)」に特化した人材を派遣する「SportWORKS」事業を実施しています(岡田,2015b)。具体的に、派遣に際しては、体育・スポーツの競技歴や修士号、体育・スポーツに関わる専門的な知識や経験が必要とされるものです(岡田,2015b)。「SportWORKS」事業では、以下のような派遣プログラムの事例が紹介されています(CSC,online2)。

アフリカ

・ジェンダー行動計画の開発(南アフリカ、スワジランド)

・ハイパフォーマンススポーツアカデミーのコンサルティング(ボツワナ)

アジア

・スポーツを通じた女児・女性のエンパワメント(インド)

中南米

・サッカー、ラグビー、水泳といったスポーツの開発(ドミニカ、タークス・カイコス諸島、フォークランド諸島)

・女児・女性のスポーツ参加を促すプログラムの開発(タークス・カイコス諸島)

ヨーロッパ

・プロジェクトパートナーであるSkateistan(スケートボードを通した若者の支援を行う団体)のスポンサーや助成金申請のサポート(ドイツ)

 「SportWORKS」の派遣プログラムは、中南米を中心にアフリカなどでも広く展開されてきました。CSCでは、2026年までに「SportWORKS」事業をカナダ国内外でさらに活性化させていくことが目指されています。

 

 バンクーバー冬季大会(2010)が開催されたカナダでは、Canadian Sport Policyといったスポーツ政策や「SportWORKS」事業を中心に、カナダ国内外に「スポーツと開発(Sport and Development)」に特化した人材を派遣しています。次期Canadian Sport Policy2023-2033では「開発のためのスポーツ(Sport for Development)」政策がどのように位置づけられるのか、2026年に向けて、またそれ以降「SportWORKS」事業が今後どのように展開されていくのか注目されるところです。

参考文献

Commonwealth Sport Canada: SportWORKS Home

https://commonwealthsport.ca

Commonwealth Sport Canada: SportWORKS Projects

https://commonwealthsport.ca/sportworks/projects

古川光明:特集「スポーツを通じた開発援助の可能性」に寄せて:多様な援助ツールを生かす開発研究のために.国際開発研究.31(2):1-2.2022.

Kidd, B.: CHAPTER III Canada and sport for development and peace. Sport policy in Canada. (Thibault, L., & Harvey, J). University of Ottawa Press. 2013.

文部科学省:カナダ(CANADA)

https://www.mext.go.jp/component/a_menu/sports/detail/__icsFiles/afieldfile/2011/08/03/1309352_014.pdf

岡田千あき:国際社会における「開発と平和のためのスポーツ」の20年:我が国のスポーツ・フォー・トゥモロー政策の発展に向けて.大阪大学大学院人間科学研究科紀要.41:99-118.2015a.

岡田千あき:ODAによるスポーツを通じた国際協力.スポーツと国際協力-スポーツに秘められた豊かな可能性-. (齊藤一彦,岡田千あき,鈴木直文編著).大修館書店.2015b.

SPARC and the Canadian Sport Policy Renewal Workgroup: WHAT WE HEARD-Findings of government consultations and a national survey to inform the Canadian Sport Policy 2023-2033-

https://sirc.ca/wp-content/uploads/2023/01/SIRC-What-We-Heard-Report-FINAL-1.pdf

Sport Information Resource Center: Canadian Sport Policy 2012

https://sirc.ca/wp-content/uploads/files/content/docs/Document/csp2012_en.pdf

執筆者

山平芳美(やまひら よしみ)立命館大学 スポーツ健康科学部 准教授

立命館大学スポーツ健康科学部准教授。専門分野はスポーツ国際開発学、スポーツ教育学。広島大学大学院教育学研究科博士後期課程修了(博士(教育学))。JICA海外協力隊(体育隊員)としてカンボジア王国の初等教員養成校での活動などを経て現職。主にカンボジア王国を中心とした、体育科教育やスポーツに関するフィールドワークを継続的に実施。【主な著書】「日本における『開発と平和のためのスポーツ』に関する取り組み:現場・政策・研究の動向に着目して」「スポーツと国際協力:スポーツに秘められた豊かな可能性(共著)」など。

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