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2025年5月7日 12:00

VOL38.【健康・スポーツ医学】スポーツ活動中の重大事故の管理と予防(4)落雷とスポーツ

全体公開

はじめに

 皆様は、スポーツを通じた活動を実施する上で、参加者の怪我・傷害、事故の予防を講じていますか?スポーツを用いた国際開発に従事するアクターは、基本的な知識の一つとして、スポーツ活動中の重大事故の管理と予防方法を理解しておく必要があります。その中でも、スポーツ活動における安全管理の一環として、重要なものの一つが「落雷への対応」です。

 イギリス気象庁の報告によると、世界各国で毎日300万回もの落雷が発生しています。昨今の気候変動による落雷への影響は明確ではありませんが、落雷は増加傾向にあり、私たちの日常生活に甚大な被害をもたらしています。米国保険情報協会の統計では、2022年に9億5000万ドルだった落雷による保険請求総額は、翌2023年に30%以上増加し、請求件数も13.8%増加しています。本稿では「落雷とスポーツ」を取り上げ、スポーツ活動中の落雷リスクと緊急時の安全管理について考えていきたいと思います。

 

<スポーツ活動中の落雷事故について>

 日本における最近10年の落雷件数をみると、北海道から九州・沖縄の広い範囲で増加が認められており、スポーツ活動中の重大事故もしばしば発生しています。直近では2024年4月に宮崎市内のグランドで発生した事故が記憶に新しく、サッカーの練習試合中の落雷により高校生18名が病院に搬送、うち1名が意識不明の重体となったことが報道されました。世界でも同様の事故はみられ、2024年11月にはペルーで男子サッカー選手1名が、また2025年2月にはコロンビアで女子サッカー選手4名が落雷により命を落としています。

<いつ・どこに避難すればよいか>

 日本大気電気学会によれば、厚い黒雲が頭上に広がった際は雷雲の接近を意識し、雷鳴が聞こえたらすぐに安全な場所(鉄筋コンクリートの建物、自動車、バス、列車等の閉め切ることが可能な空間の内部)に避難する必要があるとしています。雷は高いところに落ちる傾向が強いため、木の直下だと木への落雷による側撃雷や地面を伝わって感電する地電流のリスクがあることがわかっています。落雷による死亡事故は、グランドやゴルフ場、海辺などの開けた場所で発生する直撃雷が多いのですが、次いで木の下の雨宿りであり、この二つで全落雷死の半数を占めています。先のコロンビアの事故でも、天候の悪化に伴う木の直下への避難が重大事故へと繋がっています。

<保護範囲と「雷しゃがみ」>

 保護範囲とは、雷から身を守ることができる高い構造物から離れた安全な場所を指し、一般には、高さ4m以上20mまでの高い物の頂点から約45度の範囲をいいます。なお、保護範囲であっても、高い物に接近しすぎると前述の通り側撃雷や地電流のリスクがあるため、4m以上は離れます。保護範囲に入ったら、両足を揃えてつま先立ちになり、できるだけ姿勢を低くして耳を塞ぐ、「雷しゃがみ」のポーズをとります。万が一、周囲に高い物がない場合も最終手段として覚えておく必要があるでしょう。


<落雷への対応>

 落雷事故の死因のほとんどは心肺停止です。よって、雷に打たれた場合にスポーツ指導者ができることは、前回記事で学んだ心停止の緊急対応、つまり、①救急車の要請、②心臓マッサージ、③AEDを素早く行うことにつきます。同じ電気でも、一方では心臓が止まり、かたや回復するのは不思議ですが、除細動によって心臓のリズムが正常に戻る可能性がある限り、AEDの使用は必須といえます。なお、落雷によるやけどを負った場合は、衣類は脱がさず、水や水道水で痛みが軽減するまで患部を冷やします。

<落雷事故の防止に向けて>

 落雷事故の防止としては、(1)落雷の兆候があれば練習や試合を中断、(2)気象専門のウェブサイトや携帯用雷検知器の活用、(3)緊急対応計画の立案、が挙げられます。特に、雷の警報・注意報が発令されている場合は、関係者間で予め対応を協議しておくことが何より重要です。これは、スポーツ活動中の落雷事故の主な原因が「大丈夫だろう」という過信や避難場所の誤認、さらには練習や試合中断後の早期再開であるためです。

 世界のどこにいても落雷事故が発生しうることを忘れず、危険を察知したら躊躇せずに直ちに中止する勇気を持つことが大切です。雷の多くは短時間で止むことを知り、事故防止に向けた具体的行動を起こしましょう。

<練習や試合の中断からの再開基準>

 日本サッカー協会は、練習や試合の中断から再開する基準として、最後の雷鳴から20~30分以上経過するとともに、周辺の警報・注意報の状況から安全が確認できることとしています。これは必ずしも雷の専門的知識を必要とせず、中止と再開のプロトコールの問題といえます。落雷は過去の判例からも予見可能な事象として認識されており、スポーツ指導者の安全配慮義務が生じる事案です。対象がトップレベルであれグラスルーツレベルであれ、指導者によって安全格差があってはなりません。科学的根拠に基づく実践と検証を重ね、重大事故からスポーツ参加者を守りましょう。

参考文献 

1.  Met Office:10 striking facts about lightning,

https://www.metoffice.gov.uk/weather/learn-about/weather/types-of-weather/thunder-and-lightning/facts-about-lightning

2.  The Triple-I Blog:Lightning-Related Claims Up Sharply in 2023,

https://insuranceindustryblog.iii.org/lightning-related-claims-up-sharply-in-2023/

3.  文部科学省:落雷事故防止について(依頼), 平成30年7月20日

4.  日本大気電気学会:雷から身を守るには - 安全対策Q & A – 改訂版, 平成13年

5.  NHK首都圏ナビ:雷からどう身を守る?専門家にQ & A, 2023

執筆者

中村浩也(なかむら ひろや)桃山学院教育大学人間教育学部学部長・教授

1971年 兵庫県生まれ。大阪教育大学卒業、同大学院教育学研究科修了。東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科単位取得満期退学。博士(教育学)。高校教師、JICA海外協力隊等を経て、現在桃山学院教育大学人間教育学部学部長・教授。専門領域は教育学、スポーツ医学。総合型地域スポーツクラブ「桃教スポーツアカデミー」理事長、ローレウス財団「スポーツを通じた女子生徒のリーダーシップ開発」プロジェクトマネージャー。

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