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2024年3月4日 11:48

VOL6.【健康・スポーツ医学】スポーツ外傷・障害の発生要因と因果モデル

全体公開

はじめに

 皆様は、スポーツを通じた活動を実施する上で、参加者の怪我・傷害の予防を講じていますか?

スポーツを用いた国際開発に従事するアクターは、基本的な知識の一つとして、スポーツ外傷・障害の基本的なメカニズムを理解しておくことは重要です。

スポーツは本質的に受傷リスクを内在しており、スポーツ参加者は原則としてそのリスクを承知で活動しています。一方で、スポーツ活動中の外傷や障害は誰もが避けたいものです。本稿では、スポーツ外傷・障害の発生要因と因果モデルの動向について紹介し、予防の方向性について考えていきたいと思います。

 

<スポーツ外傷・障害の予防に関する動向>

 スポーツ外傷・障害に関するアカデミックな潮流を俯瞰すると、2005年に「1st World Congress on Sports Injury Prevention」がオスロで開催されて以降、予防が世界的な関心事になっており、2011年に同会議の理念が国際オリンピック委員会(International Olympic Committee: IOC)に引き継がれてからは、「World Conference on Prevention of Injury and Illness in Sport」として新たな知見が共有されています。

そもそもスポーツ外傷・障害の予防は、世界保健機関(World Health Organization: WHO)が提唱するWell-beingに直結した重要なテーマです。最先端医療機器を用いた画像診断技術や手術手技、リハビリテーション手法の飛躍的な進歩は、これまで再起不能といわれたスポーツ外傷・障害を克服しつつありますが、その発生要因やメカニズムの詳細な検討は、これまで予防は難しいとされてきた捻挫や靭帯損傷、肉離れなどの予防プログラムの有効性を実証しつつあり、それは結果的に健康で豊かな生活を実現に繋がるからです。よって、スポーツ医学に関するエビデンスの蓄積と共有は、これから一層重要性を増すでしょう。

 

<スポーツ外傷・障害の発生要因>

(1)スポーツ外傷・障害の発生に関する2つの要因

 スポーツ外傷・障害の発生要因は、これまで主に内的要因(internal personal factor)と外的要因(external, environmental factor)に分類されてきました。内的要因とは、スポーツをする人自身が持っている要因で、身長や体重、体脂肪、年齢、性別、体力、心理的特性、既往歴、骨の配列、などを指します。一方、外的要因とは、スポーツをする人を取り巻く環境等に依存した要因のことで、天候や使用器具、路面の状態、スポーツの種類、ポジション、ルールなどを指します。

 この分類は、人と人を取り巻く環境の相互作用を社会的・予防医学的領域で用いられる「ストレス-能力モデル」に基づいています。このモデルでは、「ストレス」は競技者を取り巻く外的環境、つまり外的要因を指し、「能力」は個人がもつ内的要因を指しています。このモデルにおける「ストレス」は、外的・環境的要因の変化によってある程度抑制できるとしていて、例えばスカッシュにおけるアイガードの着用が眼の外傷を予防できたり,バスケットボールにおけるハイカットシューズとテーピングの併用が足関節捻挫の発生率を低下させることなどを通じて実証されています。

 

(2)スポーツ外傷・障害の発生に関する包括的因果モデル

 スポーツ外傷・障害の発生要因が内的要因と外的要因に分類される一方で、実際はこれらの2要因によって説明可能なケースは稀であることも指摘されており、これらのリスク要因は複合的に作用して発生することはもはや明白になっています。

Meeuwisseは、スポーツ外傷・障害が内的要因と外的要因が複雑に重なり合って発生しているとし、これらの関係性についてモデル検証しています。このモデルは、もともとスポーツ外傷・障害を引き起こす素因(年齢や柔軟性、既往歴、体型)を有する競技者(predisposed athlete)に、外的要因が重なることによって、「より受傷しやすい競技者(susceptible athlete)」になり、それが傷害の発生を誘引するとしています。また、内的要因や外的要因が複合的に重なり、受傷しやすい状況下にあっても、実際には受傷する競技者としない競技者がいることも示しています。さらに、受傷から復帰した競技者も受傷しなかった競技者も、スポーツ現場は常に受傷の内的リスクと外的リスクに晒されていることを明らかにしています。

 Bahr & Krosshaugらは、Meeuwisseのスポーツ外傷・障害の発生モデルを踏襲しながらも、内的要因と外的要因の分類をさらに進めた新たなモデルを提唱しています。内的要因としては、年齢、性別、体組成、健康状態(既往歴や関節弛緩性等)、体力(筋力、パワー、最大酸素摂取量、関節可動域等)、解剖学的要因(骨配列、顆間距離等)、技術レベル(種目特性や姿勢)に加え、心理的要因(闘争心やモチベーション、認知等)を挙げ、外的要因としては、スポーツ要因(コーチやルール、審判等)、装具(ヘルメットや脛ガード)、道具(靴やスキー板)、環境(天候や湿度、寒冷、床や地面の種類等)を挙げています。これらの要因が重なり合った状況下において、「受傷の可能性が高い選手」へと移行し、競技者自身と相手との関係、各プレイ状況における全身肢位や関節肢位などが影響することによって、スポーツの外傷・障害が発生するとしています。

 スポーツ現場には医師が不在のことが多いですが、受傷した際に医療従事者がいなくても、スポーツ外傷・障害の最低限の管理と予防ができる指導者や競技者、スポーツ参加者を増やしていくことが重要です。そのためには、スポーツ外傷・障害の発生要因を理解を深め、「教養としてのスポーツ医学」を啓発していく必要があるでしょう。


 

図1.Bahr & Krosshaugによる包括的因果モデル(改編して引用)

参考文献 

1)     Bahr R & Krosshaug T : Understanding injury mechanisms: a key component of preventing injuries in sport, British Journal of Sports Medicine, 39(6), 324-329, 2005

2)     Ettema JH : Het model belasting en belastbaanheid. Tijdschr voor sociale geneeskunde, 51, 44-54, 1973

3)     van Mechelen W, Hlobil H,& Han C. Kemper : How can sports injuries be prevented?,  National Institute for Sports Health Care, 1987

4)     Willem H.Meeuwisse : Assessing Causation in Sport Injury: A Multifactorial Model, Clinical Journal of Sport Medicine, 4(3), 166-170, 1994


執筆者

中村浩也(なかむら ひろや)桃山学院教育大学人間教育学部学部長・教授

1971年 兵庫県生まれ。大阪教育大学卒業、同大学院教育学研究科修了。東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科単位取得満期退学。博士(教育学)。高校教師、JICA海外協力隊等を経て、現在桃山学院教育大学人間教育学部学部長・教授。専門領域は教育学、スポーツ医学。総合型地域スポーツクラブ「桃教スポーツアカデミー」理事長、ローレウス財団「スポーツを通じた女子生徒のリーダーシップ開発」プロジェクトマネージャー。

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