
2025年2月19日 12:00
VOL34.【健康・スポーツ医学】スポーツ活動中の重大事故の管理と予防(3) 心臓突然死とスポーツ
全体公開
はじめに
皆様は、スポーツを通じた活動を実施する上で、参加者の怪我・傷害の予防を講じていますか?スポーツを用いた国際開発に従事するアクターは、基本的な知識の一つとして、スポーツ外傷・障害の予防方法を理解しておく必要があります。特に、スポーツでは、心臓突然死の可能性も高く、管理と予防方法を理解する必要があります。
スポーツ現場での心臓突然死の可能性は安静時と比較して高く、アメリカの男性医師を対象とした研究によると相対リスクは16.9倍に上るといわれています。また、女性よりも男性のリスクが高く、競技種目としてはサッカーやバスケットボールなどの球技をはじめ、水泳や空手など様々なスポーツで散見されています。一般に、運動中の突然死は若年者と中高齢者で異なっており、若年者では心臓に構造的異常がない場合も発生していますが、運動しなければ発症しない重篤な病態があるため、運動前のメディカルチェックは必須といえます。本稿では「心臓突然死とスポーツ」を取り上げ、特に指導者として知っておくべき突然死のリスクと予防について考えていきたいと思います。
<心臓突然死について>
世界保健機関(WHO)によると、突然死は「発症から24時間以内の予期せぬ内因性(病)死」と定義されています。そのうち、心臓が直接の原因になっているものを「心臓突然死(Sudden Cardiac Death: SDC)」とよび、我が国では年間9万人以上の方々が心臓突然死で命を落としています。心臓突然死は肥大型心筋症や冠動脈疾患などの基礎疾患を有していることが多いのですが、1980年代に心臓の基礎疾患がない若年者が心臓の直上に軽い衝撃が加わり突然死した症例が報告されて以降、「心臓震盪(commotio cordis)」もスポーツ活動中の重大事故として認識されるようになっています。
<スポーツ心臓とは>
運動負荷の高いトレーニングを積むことによって、生理的に適応し肥大した心臓のことを「スポーツ心臓(Athlete’s Heart)」と呼んでいます。スポーツ心臓は、体格や性別、年齢、人種、競技種目によって規定されますが、具体的には女性より男性が、小児よりも成人が、白人よりも黒人が左心室の厚さが大きくなる傾向があり、特に高い有酸素能力が求められる持久系種目において顕著に認められています。一方、スポーツ心臓の形状は肥大型心筋症とよく似ていることから、心臓突然死との関連性について長く議論が続いており、2017年には国際オリンピック委員会(IOC)が「Manual of Sports Cardiology」というスポーツ心臓の専門書を発刊し、トレーニングによる心臓の機能的・形態的変化について言及しています。しかし、これらの成果は主に欧米諸国のアスリートが対象となっているため、日本を含むアジア諸国のアスリート研究は急務の課題になっています。
<心停止への対応>
心停止の際にスポーツ指導者ができることは、①救急車の要請、②心臓マッサージ、③AEDの3点に集約することができます。スポーツ指導者は医師ではありませんが、多くのスポーツ現場には医師が常駐していませんので、指導者自身が緊急対応の最前線に立っているという自覚を持つ必要があります。なお、発展途上国では救急医療体制が未整備であることが多く、緊急時にスムーズな救命処置を行うためには、事前に救急車の有無や通報番号、緊急搬送が可能な医療機関、AEDの設置場所まで把握しておく必要があります。また、現地の教育水準が低い場合、バイスタンダー(通りすがりの人々)が心肺蘇生法を学んでいない可能性があるため、全てのスポーツ指導者は非医療従事者であっても、その職責として最新情報にアップデートしておく必要があるでしょう。
心臓マッサージの方法(PUSH projectのホームページより抜粋)
<心臓心停止の予防に向けて>
心臓心停止の予防としては、(1)メディカルチェック、(2)指導者および選手への教育、(3)活動前の体調管理が挙げられます。冒頭で述べた通り、心臓心停止は原因となる基礎疾患を有していることが多いので、定期的な心電図検査の受診と専門医による診断はハイリスク者のスクリーニングに有効です。また、指導者や教員志望者への救命教育は子どもの命を考えさせる絶好の機会にもなるため、時間をかけて実施する必要があるでしょう。日本の大学の教育系学部の学生は一般的に救命救急の基礎知識を学んでいますし、現行の学習指導要領では、中学校で「心肺蘇生法などを行うこと」、高等学校で「心肺蘇生法などの救急手当を適切に行うこと」が明記されていますが、諸外国に目を向けると必ずしも同じ状況にはありません。筆者はタイやカンボジアなど、ASEAN諸国の大学で予防医学教育に携わっていますが、スポーツ現場での救命救急の重要性を認識している学生は多いものの実際に学んでいる学生は少ないことを実感しています。国は違えども、スポーツ活動中の安心・安全は最優先事項です。前回の頭部外傷の際にも触れましたが、スポーツ事故防止の最新のトレンドは、医療専門職者のリスクマネジメントから現場スタッフの教育にシフトしています。スポーツ指導者は、スポーツ医学的根拠に基づく運動実践が求められている時代にあることを忘れてはならないでしょう。
参考文献
Albert CM, Mittleman MA, Chae CU, et al. Triggering of sudden death from cardiac causes by vigorous exertion. N Engl J Med. 2000 Nov 9;343(19):1355-61.
IOC; Manual of Sports Cardiology, 2017
PUSH project; https://osakalifesupport.or.jp/push/
執筆者
中村浩也(なかむら ひろや)桃山学院教育大学人間教育学部学部長・教授
1971年 兵庫県生まれ。大阪教育大学卒業、同大学院教育学研究科修了。東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科単位取得満期退学。博士(教育学)。高校教師、JICA海外協力隊等を経て、現在桃山学院教育大学人間教育学部学部長・教授。専門領域は教育学、スポーツ医学。総合型地域スポーツクラブ「桃教スポーツアカデミー」理事長、ローレウス財団「スポーツを通じた女子生徒のリーダーシップ開発」プロジェクトマネージャー。
過去の記事
独立行政法人 日本スポーツ振興センター
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