
2025年4月17日 12:00
VOL36.【スポーツとジェンダー】スポーツを通じてジェンダー課題に向き合う危うさと可能性①:近代スポーツの発祥から振り返るジェンダー課題
全体公開
はじめに
19世紀のイギリスで発祥した近代スポーツは、公教育の中で次世代のリーダーを育成するための手段として男性のみの環境で発展し、帝国主義時代に英語圏をはじめとする多くの国々へ拡大しました。男性中心で発展してきたスポーツ文化だからこそ、構造的なジェンダー課題を多く含んでいます。本記事では、近代スポーツの発祥から、スポーツそのものに内在するジェンダー課題について考えていきます。
男性中心のスポーツ文化から始まった近代スポーツ
パリ2024オリンピック・パラリンピック競技大会は女性の参加率が初めて50%に達して、ジェンダー平等が達成された大会として注目を集めました。ではなぜ女性はこれまで男性と同じようにスポーツに参加することができなかったのでしょうか?近代スポーツの歴史から考えていきます。
サッカーやラグビーなど、皆さんがオリンピック競技大会などで目にする多くのスポーツは、19世紀のイギリスで発祥した近代スポーツと呼ばれているものです。18世紀の半ばから19世紀にかけて、産業革命によりイギリスで裕福な中流階級人口が増加し、息子を良く育てたいと願う両親の需要として、公立学校が拡大したことが近代スポーツの拡大に影響を与えています(Polley, 2013)。19世紀のイギリスにおいて、公教育の中でスポーツは、男子学生がチームワーク、コミットメント、ロイヤリティなどの社会スキルを学ぶ場として価値を置かれました。スポーツをしている男児は学校外でも、社会に貢献できるロールモデルとして見られました。ビクトリア朝時代の当時のイギリスでは、同性愛行為は犯罪行為とされてきたため、異性愛主義が強い文化でもありました。スポーツは男性を健康で、元気な異性愛男性に育て、後に彼らは君主に仕え、国家のために働くことになると信じられていました(Polley, 2013)。このようなイギリスのビクトリア朝時代に公教育を基盤に拡大した近代スポーツの構造は、IOCや国際スポーツ団体にも受け継がれ、今も尚主流となっています(Polley, 2013)。こうして19世紀のイギリスで発祥した近代スポーツは長年女性をスポーツから排除してきました。1986年にアテネで開催された第1回近代オリンピックでは女性の出場は禁止され、1900年にパリで開催されたオリンピックで初めて女性選手が出場しました。近代スポーツが発祥してから、女性がオリンピックで50%の参加率を達成するまでに200年以上の歳月がかかりました。
男性優位主義、異性愛主義のイデオロギーを内在する近代スポーツ
イギリスで異性愛の男性を中心とする文化の中で発達したスポーツは「西洋主義」「男性優位主義」「異性愛主義」のイデオロギーを内在していると言われています。月経、妊娠、出産など、子どもを産む身体的特徴こそが、女性の最大の機能として認知され、「母性」として重要視されてきた19世紀のイギリスでは、スポーツは女性たちの有限のエネルギーから子ども産むエネルギーを奪うものとして遠ざけられてきました。そうした中で、スポーツ文化の中に女性の参画を拡大していく動きが、1960年代後半から1970年代の第二派フェミニズム運動と共に隆起しました(Hargreeves, 1994)。女性の参画が拡大したことによってクローズアップされたスポーツにおけるジェンダーの課題は大きく分けて「公平・公正の問題」と「権力・イデオロギーの問題」だと言われています(Coakley, 2007)。まず「公平・公正の問題」は男性中心に発展してきたスポーツだからこそ、男性の競技人口が多いことや、男性を対象とした競技大会やスポーツクラブの数が多いこと。またスポーツ現場で働く、男性の役職員や指導者の数が多いことや、メディアの報道量や投資金額の男女差なども含まれます。次に「権力・イデオロギーの問題」はスポーツが異性愛の男性によって発展してきたからこそ、異性愛の男性が特権を得られやすい構造になっていることで生じる課題です。例えば男性が基準となり質やレベルが判断されることや、「普通」や「正解」が男性の行動を基準に定められることなどです。女性がスポーツに参画するアプローチを「分離型」と「参加型」の2つに分類した飯田(2018)は、性別隔離の戦略である「分離型」は、新体操やフィギュアスケートなどに見られる伝統的な「女性らしさ」や「母性」的なジェンダー規範の再生産がスポーツによって助長される懸念を指摘しています。また、「参加型」は男性が中心となって発展してきたスポーツに女性が参画していくアプローチであるため、女性スポーツや女性アスリートは二流であるとの評価を引き受けざるを得なく、男性優位文化の再生産を生み出す懸念がされています(飯田、2018)。さらに異性愛規範が内在するスポーツ界において、欧米の研究によると女性アスリートは同性愛者とラベリングをされ、娘が同性愛者とラベリングされることを嫌悪する両親の影響で女児のスポーツ選択が限られることもしばしば見られてきました(Griffin, 1998)また、同性愛のアスリートやトランスジェンダーアスリートは一般的に消極的な評価を受けることも認められています(Griffin, 1998)。それだけでなくスポーツ界の異性愛主義がセクシュアルハラスメントや女性アスリートの性的描写を助長するともいわれています(Chan, 1998; Knijniik and Adair, 2015)。
参考文献
飯田貴子、2018、「スポーツとジェンダー・セクシュアリティ」、飯田貴子、熊安貴美江、來田享子編著、『よくわかるスポーツとジェンダー』、ミネルヴァ書房、2-3頁。
Chan, S. K.:Coming on Strong: Gender and Sexuality in Twentieth-Century Women's Sport. Harvard University Press.2003.
Coakley, Jay.:Sports in Society 9th edition. McGraw Hill. 2007.
Girffin, Pat.: Strong Women、 Deep Closets: Lesbians and Homophobia in Sport.Human Kinetics. 1998.
Hargreaves, Jennifer.: Sporting females: Critical issues in the history and sociology of women’s sports.Routledge. 1994.
Knijnik, Jorge., and Adair、 Daryl.: Conceptualizing Embodied Masculinities in Global Sport. Knijnik、 Jorge., and Adair、 Daryl. (Eds). Embodied Masculinities in Global Sport. Morgantown, WV: Fitness Information Technology. pp.1-11. 2015.
Polley, M.: Sports development in the nineteenth-century British public schools. In B. Houlihan、 & M. Green、 Routledge Handbook of Sports Development. pp. 9-19. Routledge. 2013.
執筆者
野口 亜弥(のぐち あや)成城大学スポーツとジェンダー平等国際研究センター 副センター長
専門は「スポーツと開発」と「スポーツとジェンダー・セクシュアリティ」。米国の大学院にてMBAを取得。
スウェーデンでのプロ女子サッカー選手の経験を経て現役を引退。その後、ザンビアのNGOにて半年間、スポーツを通じたジェンダー平等を現場で実践。
帰国後、スポーツ庁国際課に勤務し、国際協力及び女性スポーツを担当。現在は成城大学文芸学部専任講師。
各種講演やNGOや行政のプロジェクトにも専門家として参画。博士課程在籍。プライドハウス東京アスリート発信チーム。株式会社Azitama代表。
過去の記事
独立行政法人 日本スポーツ振興センター
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