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2025年2月12日 12:00

VOL31.【体育科教育】世界の体育・体育教師教育の世界的動向及びその国際協力について -その5-  ~The Global State of Play(UNESCO)から見る世界の体育の現状~

全体公開

はじめに

 本シリーズでは、世界の体育事情や体育教師教育事情、さらには、これらに対する日本の取り組みなどをご紹介しています。本稿では、UNESCOおよびラフバラ大学により2024年に発刊された「The Global State of Play」を読み解き、世界における体育の状況調査の結果がどのように報告されているのかについて紹介していきたいと思います。

QPEとは

 まず、当該報告書(以下 報告書)では、QPE(Quality physical education 以下QPE)と従来の体育(PE)との差異について整理されています。従来の体育と比べ、QPEは、頻度、多様性、包括性、価値ある内容などの重要性を強調するため、QPEという概念が用いられるようになりました。同時に、QPEは、身体的リテラシーの発達とライフスキルと価値観の促進を通じた、グローバル・シチズンシップへの貢献を目的としており、幼児教育、初等・中等教育におけるカリキュラムの一部を構成するものであり、計画的・斬新的・包括的な学習経験でもあるとされています。

 その上で、UNESCOでは、世界における体育の状況調査(以下QPE調査)を新たに実施しました。このQPE調査は、本マガジンVOL.7でも紹介したUNESCO(2014)『World-wide survey of school physical education: final report』での調査結果を踏まえてさらに調査がなされたものです。本稿では、そのQPE調査の結果の一部、すなわち「世界における体育の現状」「COVIDが体育に与えた影響」「体育の実施時間」における調査結果について、整理・紹介したいと思います。

世界における体育の現状

 UNESCOのQPE調査によれば、体育の必修化率は世界的に高まっており、約83%の国が体育を必修教科としていると報告しています。またその内訳は小学校で87.9%、中学校で86.8%、高等学校では74.8%となっています。UNESCO(2014)では、必修化率は79%でしたが、今回の調査では83%と増加しています。一方で、中央アジア、南アジアの国々では、体育の必修率が60.5%となっており、世界的にみると低い数値が示されています。また、この調査では、「大臣レベル」「学校レベル」での調査回答結果が示されている点が興味深いです。例えば、初等教育において、「大臣レベル」では、87.9%が必修化していると回答していることに対し、「学校レベル」の回答では、必修化率が71.3%となっており、そこには必修化(実施率)の開きがみられます。これらの結果から、体育を学校で実践する段階に課題があることについて、報告書でも指摘されています。また、中南米地域の担当大臣から「教師が校長の許可を得て、体育の授業を無視することが日常茶飯事である」との回答があったことも紹介されており、体育を十分受けられていない子どもたちが未だ多く存在する現状があること推察できます。

COVID-19が体育に与えた影響

 当該調査では、COVID-19によるパンデミックが、体育に与えた影響についても示されています。このパンデミックにより体育に悪影響があったという回答は80.6%となっており、その間の体育の授業実施は、66.9%がオンライン、15.7%がハイブリッド、1.1%が対面方式であったという結果が示されています。その多くの場合、体育教師がQPEを効果的に実施できるためのスキルや技能を持っておらず、16.4%の授業が、ネット環境をはじめとしたさまざまな理由で、体育授業が実施されなかったと報告されています。また、継続された体育の授業のうち、52.8%は授業時間が短縮されているとの結果も出ています。

 また、この間の体育の実施方法については、地域によって大きな差がありました。体育の非実施率は、サハラ以南のアフリカ(71.4%)、中南米(33.3%)などで高い数値が出ており、北アメリカ(9.1%)、東・東南アジア(10.7%)などが低い数値となっています。特に中南米地域では、73.7%の体育の授業時間が短縮された報告もあり、体育の非実施、授業時短縮などとなったケースが、他地域よりも多かったことが示されています。

 これらのデータからも、他教科と比べて、体育は社会の混乱や外部環境の変化に影響を受けやすく、脆弱であることが示されているといえるでしょう。報告書においても、パンデミックの経験から、今後のQPEの保証に対応できるような検討の必要性について述べられています。

体育の実施時間

 UNESCOのガイドライン(UNESCO,2015)では、小学校では120分、中学校・高等学校では180分間の週当たりの体育時間が推奨されています。当該調査では、世界の国々の週当たりの体育時間数が報告されています。調査結果では、小学校では52.6%が、週120分の体育時間を満たしており、中学校では34.8%、高等学校では32.2%が、週180分の体育時間を満たしているといった結果が出ています。この数字から小学校ではおよそ半分、中学校、高等学校でもおよそ2/3が、UNESCOガイドラインの数字を満たしていないことが明らかとなり、深刻な課題であるといえるでしょう。また、ここでも、上述内容と同じく「大臣レベル」と「学校レベル」では回答の数字に開きがあったことが指摘されており、省庁と学校現場での現状への認識について隔たりがあること示唆されます。

総括

 本稿では、UNESCOらの学校体育に関する調査報告書「The Global State of Play」から、「世界の体育の現状」「COVID-19が体育に与えた影響」体育の実施時間」の3点に絞って、報告結果を紹介しました。この報告書から、QPEという概念も登場し、体育の必修化率なども高まってきていることがわかります。一方で、各国で現場レベルや大臣レベルでの現状の認識に差があることや、UNESCOガイドラインに示されている体育実施時間を満たしていない国が多いことなども浮き彫りとなり、課題が山積しているといえるでしょう。次号においても引き続き、本報告書を読み解き、紹介していきたいと思います。

参考文献

・UNESCO・Loughborough University : The Global State of Play :Report and recommendations on quality physical education.2024

・UNESCO : Quality Physical Education (QPE): guidelines for policy makers. 2015

・UNESCO: World-wide survey of school physical education: final report. 2014.

https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000229335

執筆者

齊藤一彦(さいとう かずひこ)広島大学大学院人間社会科学研究科 教授

広島大学大学院人間社会科学研究科教授。青年海外協力隊(シリア)、JICA客員研究員、日本学術振興会特別研究員、徳山工業高等専門学校准教授、金沢大学准教授を経て現職。広島大学大学院国際協力研究科修了。博士(教育学)専門はスポーツ教育学、スポーツ国際開発学【主な著書】「スポーツと国際協力:スポーツに秘められた豊かな可能性」など。

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