
2024年12月11日 14:17
VOL26.【体育科教育】世界の体育・体育教師教育の世界的動向及びその国際協力について -その4 -
全体公開
はじめに
本シリーズでは、世界の体育事情や体育教師教育事情、さらには、これらに対する日本の取り組みなどをご紹介しています。前号においては諸外国での体育分野のレッスン・スタディ(Lesson Study :以下LS)を対象とした論文動向調査結果や、LSの海外展開における効果の検証結果などを紹介しました。本稿では、日本型体育の海外展開に関するいくつかの事例などを紹介していきたいと思います。
日本型教育と体育
近年、「日本型教育/日本型学校教育」という用語を耳にする機会が増えてきていると思います。特に中央教育審議会の答申「令和の日本型学校教育」の構築を目指して」(2021年1月)以降、このコンセプトが広まりつつあります。さらに、遡ること5年、文部科学省管轄の「日本型教育の海外展開事業(EDU-Portニッポン):以下EDU-Port」が2016年から開始されています。EDU-Portとは、官民共同で取り組む日本型教育の海外展開を推進する事業で、文部科学省をはじめとする複数の省庁、国際協力機構(JICA)、さらには地方自治体や官民教育機関など、多数の組織によるプラットフォームをつくり、日本の魅力ある教育を海外展開していく機運を醸成しようとしたものです。毎年、日本型教育を海外展開するための案件の募集をし、審査の上で「公認プロジェクト」や「応募プロジェクト」として選出されています。特に「公認プロジェクト」に採択されると、経費支援がつくことになっています。
これらは様々な教育プロジェクトから構成されていますが、その中には、体育やスポーツをテーマにしたものもいくつかあります。例えば、EDU-Port初年度(2016年度)には、公認プロジェクトとして「初等義務教育・ヘキサスロン運動プログラム導入普及促進事業」が採択されています。これは、ベトナム教育訓練省との交渉、指導者育成、パイロット校における実証等を通じて独自に開発した運動プログラムを、ベトナム全公立小学校へ導入しようと目指したものでした。さらに、これまで、「応援プロジェクト」としても、体育・スポーツ分野の活動はいくつか展開されており、また、関連領域でいうと、学校保健に関する調査活動などもEDU-Portの一部として実施されています。さて、本稿では、EDU-Portの「公認プロジェクト」として、体育科教育、体育教師教育に直接的に関わった2つのプロジェクトについて紹介したいと思います。
日本型体育の海外展開事例①
2018~2019年度には「日本型体育科教育の世界への展開~レッスン・スタディを活用したペルーの体育教員研修システムの構築」が公認プロジェクトして採択されました。このプロジェクトは、小学校の体育授業数が週2コマから3コマへと増加したペルーにおいて、適切な体育授業を展開できる教員の育成が喫緊の課題となっていたことが背景にあります。そこで、このプロジェクトでは、LSを活用した体育教員研修システムをペルーの体育科教育関係者とともに構築しつつ、ペルー国内に広く普及していくための支援を行いました。この活動内容や成果の詳細には、下記の参考文献などで参照頂ければと思いますが、最終的にはペルーの3都市でプロジェクトが展開されています。このプロジェクトは、ペルーと日本の体育科教育関係者共同チームで3都市の体育教育関係者に向けての研修会を開催し、LSを全国的に普及したことが大きな特徴であるといえます。
日本型体育の海外展開事例②
2019年度には、「ウガンダ共和国(以下、ウガンダ)における小学校教員向け体育指導資料策定支援」が公認プロジェクトとして採択されています。ウガンダでは、小学校での体育が十分に実施されない、もしくは競技力向上のみが目指されるといったような状況がありました。そこで、このプロジェクトでは、体育が持つ教育的価値や可能性をウガンダの教員に理解してもらうことを目指し、教員が使用する指導資料の作成や教師向け研修会が行われました。この結果、研修に参加したウガンダ教員が、単元案・授業案の作成などをするようになり、授業での指導力の変化があったことが報告されています。
総括
今日、「Beyond ODA」即ち、ODA の枠組みを超えた国際協力の枠組みの必要性が求められるようになっており、国内関係機関で連携し,プラットフォームスタイルで機能していくことが期待されるようになりつつあります。かつての相手国からのニーズに応じる方式だけではなく、日本型の支援パッケージを立案したうえで、相手国に働きかけるような方策も求められるようになり、上述のようなEDU-Portプロジェクトの活動実績も蓄積されてきております。今後も、これらの活動の成果や課題に着目しつつ、今後の日本型体育のあり方についての議論がさらに深まっていくことを期待しています。
参考文献
齊藤一彦・草原和博・岩田昌太郎・桑山尚司:日本型教育の海外展開方策モデル創出:広島型教科横断的国際協力プラットフォームの構築. 広島大学大学院教育学研究科共同追うロジェクト報告書.18.29-37. 2020.
齊藤一彦:「スポーツと開発」における体育授業研究アプローチの可能性-「ペルーに対する体育教師の能力開発支援」プロジェクトへの参画を通して-.国際開発研究,31(2),47-60. 2022.
齊藤一彦・草原和博・岩田昌太郎・桑山尚司:日本型教育の海外展開方策モデル創出―広島 型教科横断的国際教育協力プラットフォームの構築―.広島大学教育学研究科共同研究プロジェクト報告書.18,29-37.2020.
齊藤一彦・木原成一郎・草原和博・岩田昌太郎・吉田成章・船橋篤彦:レッスン・スタディ を活用したペルーにおける体育教員研修の成果と課題の検証.広島大学教育学部共同研究プロジェクト報告書.20,27-32, 2022.
齊藤一彦・山平芳美・白石智也:体育科授業 研究を通したペルーに対するスポーツ教育支援 『未来の教育デザイン:コロナからこれからの教育を考える』.160-164.渓水社.2022.
日本型教育の海外展開(EDU-Portニッポン)ホームページ
https://www.eduport.mext.go.jp(2024年9月28日閲覧)
Saito Kazuhiko and Shiraishi Tomoya.: Lesson study in Uganda and Peru: the role of physical education lesson study in international educational cooperation. Kim J., Yoshida N., Iwata S., Kawaguchi H. (Eds.) Lesson study-based teacher education: The potential of the Japanese approach in global settings. Routledge: Oxon, 171-179. 2021.
Shiraishi Tomoya, Saito Kazuhiko, Kuga Alexander, Yamahira Yoshimi. :Factors that facilitate and obstruct the dissemination of physical education lesson study in Peru. International Journal for Lesson and Learning Studies, 11(4), 275-289. 2022.
Tomoya Shiraishi・Kazuhiko Saito・Alexander Kuga・Yoshimi Yamahira・Shotaro Iwata :The effect of lesson observations by other teachers on Lesson Study promotion and collegiality: A case study of Peruvian physical education teachers. Journal of Sport and Development. 3, 1-6. 2024.
執筆者
齊藤一彦(さいとう かずひこ)広島大学大学院人間社会科学研究科 教授
広島大学大学院人間社会科学研究科教授。青年海外協力隊(シリア)、JICA客員研究員、日本学術振興会特別研究員、徳山工業高等専門学校准教授、金沢大学准教授を経て現職。広島大学大学院国際協力研究科修了。博士(教育学)専門はスポーツ教育学、スポーツ国際開発学【主な著書】「スポーツと国際協力:スポーツに秘められた豊かな可能性」など。
過去の記事
独立行政法人 日本スポーツ振興センター
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