2024年3月19日 14:00
2024年3月19日 5:09
VOL7.【体育科教育】世界の体育・体育教師教育の世界的動向及びその国際協力について -その1 -
全体公開
はじめに
体育科教育に関する本シリーズでは、世界の体育事情や体育教師教育事情、さらには、これらに対する日本の取り組みなどをご紹介します。まず本稿では、諸外国、とりわけ開発途上国の学校体育の事情に関する研究動向及び調査結果などについて整理したいと思います。
世界の学校体育に関するこれまでの研究
諸外国の学校体育事情についての研究は、19世紀以降盛んになり、オリンピック競技が外国の体育やスポーツに関する興味を引き出し、1970年には「国際比較体育・スポーツ学会」が創設されるなど、独自の分野として注目が注がれるようになりました。近年では、日本体育学会学校体育問題検討特別委員会監訳(2002)『世界学校体育サミット:優れた教科「体育」の創造をめざして』、経済協力機構(OECD)編著(2023)『保健体育教育の未来をつくる-OECDカリキュラム国際調査-』、外国文献ではUwe Puhse et al.(2005)『International comparison of physical education: Concepts, problems, prospects』、UNESCO(2014)『World-wide survey of school physical education: final report』やSiefken et al.(2022)『Physical activity in low-and middle-income countries』などがあります。いずれも、いわゆる先進国を対象としたものが多いですが、一部、開発途上国の状況も描き出されているものもあります。本稿はその中でも、上掲のUNESCO(2014)での内容を中心にご紹介していきます。
世界の学校体育の実情
UNESCO(2014)では、世界各国の学校体育に関する国際調査の結果が記されています。まず、「法的に定められた義務教育における学校体育」については、97%の国々において体育が法的に定められているとの結果が示されており、アジア、北アメリカ、オセアニアでは100%、最も低い数値の地域で中東の91%、アフリカの93%となっています。いずれにしてもほとんどの国において、体育が法的には定められていることになっています。一方「学校体育の実施率」をみてみると、これらの数字が少なくなります。すなわち、法律的な規定や期待と、実情とでは乖離があることがみてとれます。また、UNESCO(2014))では、学校体育実施率は、世界全体で71%となっており、実施率の高い地域は、89%の中南米、85%のアジアであり、低い数値の地域は北アメリカの30%、アフリカの62%となっています。尚、北アメリカは2000年時点での調査(日本体育学会学校体育問題検討特別委員会監訳、2002)の時点では72%となっていることから、体育が選択科目に移行されたなどの状況が推察されます。また、2000年時点での実施率と比べると、アフリカが25%から62%、アジアが33%から85%、中南米が50%から89%と大きく数値が上昇しています。これらのことから、いわゆる開発途上国が多い地域で、学校体育実施率が大幅に上昇していることが明らかです。一方、上述の通り、制度的な規定と、実際の間の乖離は、広範囲に及んでおり、当該分野における大きな課題といえるでしょう。
また、UNESCO(2014)では、地域毎の学校体育が実施されない理由についても記載があり、以下は、その一部を抜粋したものです。
・アフリカ:「体育教師及び校長が体育に無関心で、資金不足、施設・設備が不十分である」
・アジア:「物理的に施設・設備がない、モチベーションの欠如、義務教育ではない」
・ヨーロッパ:「体育がカリキュラムに含まれているが、施設・設備が悪く、義務付けられた要件が十分に達成されていない」
・中東:「施設・設備が限定的であること、また校長が体育に無関心なため、適切な科目として理解されていない」
・中南米:「体育を実施するにあたってインフラ(施設・設備)が整っていない学校が70%もある」
・北アメリカ:「体育を実施することが義務づけられているが、生徒は体育を履修する必要がない」
・オセアニア:「体育はカリキュラム全体の6~10%を占めているが、この時間が適切に配分されていることは稀である」
以上のような学校体育が実施されない理由が記載されています。
加えてUNESCO(2014)では、体育が他の教科よりも低い位置づけにある傾向があることが記載されています。例えば、他の教科より体育の授業がキャンセルされる頻度が高いことや約5分の1の国では、体育の教師が他教科より低い地位となっていることなどが指摘されています。いずれにしてもこのような事情は、同じ国内においても、地域毎、学校段階毎で格差が存在していることが推察できます。
世界の学校体育実情研究の最近の動向と今後の課題
上述のこれまでの研究動向に加え、近年日本においては、開発途上国の体育事情に関する研究も増えつつあります。例えば、カンボジア(山平ほか,2022)、ペルー(齊藤,2022)、ウガンダ(Saito et al., 2022)などです。加えて、スポーツと開発を専攻とする大学院・コースが日本国内に設置されたことから、大学院生が、修士論文、博士論文などにおいて、開発途上国の体育事情や体育教師教育事情を解明するようなケースも増えつつあり、着実に当該領域の研究成果が蓄積されてきています。一方、これらの研究のほとんどは、各国の事例研究にとどまっており、国際比較検討が十分にできているとは言い難い状況にあります。体育・体育教師教育分野での国際開発を検討していく上で、当該領域における今後の体系的な検討・研究がなされることが望まれます。
参考文献
・経済協力機構(OECD)編著・日本体育科教育学会監訳:保健体育教育の未来をつくる:OECDカリキュラム国際調査. 明石書店.2023.
・国立教育政策研究所:体育のカリキュラムの改善に関する研究:諸外国の動向.2003
・日本体育学会学校体育問題検討特別委員会監訳:世界学校体育サミット:優れた教科「体育」の創造をめざして.杏林書院.2022.
・齊藤一彦:「スポーツと開発」における体育授業研究アプローチの可能性-「ペルーに対する体育教師の能力開発支援」プロジェクトへの参画を通して-.国際開発研究.31(2),47-60.2022.
・Saito Kazuhiko, Yoshihiko Maruta, Tomoya Shiraishi, Chiaki Okada: The current state of secondary school physical education and related challenges in the Republic of Uganda. Journal of Sport and Development. 1, 1-6. 2022.
・Katja Siefken, Andrea Ramirez Varela, Temo Waqanivalu, Nico Schulenkorf: Physical activity in low-and middle-income countries. Routledge. 2022.
・山平芳美,木村寿一,齊藤一彦:日本におけるカンボジアの教員養成に関する研究の動向.スポーツと開発.1,21-33.2022.
・UNESCO: World-wide survey of school physical education: final report. 2014.
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000229335
・Uwe Puhse, Markus Gerber: International comparison of physical education: Concepts, problems, prospects.Meyer and Meyer sport.2005.
執筆者
齊藤一彦(さいとう かずひこ)広島大学大学院人間社会科学研究科 教授
広島大学大学院人間社会科学研究科教授。青年海外協力隊(シリア)、JICA客員研究員、日本学術振興会特別研究員、徳山工業高等専門学校准教授、金沢大学准教授を経て現職。広島大学大学院国際協力研究科修了。博士(教育学)専門はスポーツ教育学、スポーツ国際開発学【主な著書】「スポーツと国際協力:スポーツに秘められた豊かな可能性」など。
独立行政法人 日本スポーツ振興センター
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