2024年7月22日 12:00
2024年8月14日 9:13
【インタビュー・成城大学(前編)】「もう我慢しなくてもいい!」ASEANの女性のスポーツ参加促進を目指したジェンダー平等事業を開始
全体公開
成城大学は2023年4月、スポーツとジェンダー平等国際研究センター*を開設し、令和5年度ポスト・スポーツ・フォー・トゥモロー推進事業(PSFT)再委託事業である「ASEAN-JAPAN Actions on Sport:Gender Equality」に取り組みました。これは日本と東南アジア諸国連合(ASEAN)10か国政府*が協働して実施しており、スポーツを通じたジェンダー平等の推進を目指しています。今回は成城大学専任講師で、スポーツとジェンダー平等国際研究センター副センター長の野口亜弥(のぐち あや)先生(以下、野口)から事業のお話を伺いました。
*スポーツとジェンダー平等国際研究センター:スポーツとジェンダー/セクシュアリティ研究及び社会課題に対するスポーツの役割についての研究を進める成城大学の研究機関。スポーツ界におけるジェンダーの構造的な不平等を調査し、多様な性の平等を目指す。
*インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ブルネイ、ベトナム、ラオス、ミャンマー、カンボジア
スポーツにおけるジェンダー不平等への気づき
ーー 野口先生がスポーツのジェンダー平等に取り組むようになった経緯を教えてください。
野口)私は3歳から25歳までずっとサッカーをしておりました。大学卒業後はアメリカの大学院に行きながらセミプロのチームに所属し、その後はスウェーデンでもプロとしてプレーしました。引退後はアフリカのザンビアでNGOのインターンとしてスポーツを通じた女子教育に携わりました。
2015年から2018年まではスポーツ庁国際課に務めました。ちょうどそのときに日本とASEANのスポーツの対応枠組みができ、それを機に私もASEANにおけるスポーツ業務に携わるようになりました。2018年から順天堂大学で、2023年度からは成城大学でこのプロジェクトに関わっています。
ーー スポーツのジェンダー問題に興味を持った理由はなんですか?
野口)私は小さい頃、男の子の中でサッカーをしていました。中学校のときは地元に女の子のチームがなかったため中学のサッカー部に入れてもらおうと思ったのですが、女性であることを理由に入れてもらえなかった経験があります。大学では女子サッカー部は男子サッカー部と比べて良い待遇を受けれなかったこともありました。
これに疑問を持ったのはアメリカに行ってからです。アメリカには教育機関にジェンダー平等を義務付けるタイトルナインという法律があります。大学の女子サッカー部は男子と同じぐらい推薦枠もあるし、男子と同じぐらい奨学金もある。女子サッカー部のコーチは男子サッカー部のコーチと同額の給与をもらっています。それを見て自分がこれまで女子だから我慢しなきゃいけないと思ってたことは、実は我慢しなくてもいいんだっていうことに気づきました。
また私がスウェーデンに行った当時、日本には女子のプロリーグがなかったのですが、スウェーデンでは女子のプロチームが当然のようにありました。女性がリスペクトされ、投資を受けていたのです。当時のスポンサーさんに「どうして女子にお金出すんですか」って質問したら、「いやむしろどうして出さないんですか」って逆に聞き返されたぐらいです。
アメリカやスウェーデンで見てきたことと日本での経験にギャップを感じたところから、ジェンダーの課題に関心を持つようになりました。
キャプション:2024年1月に行われたワークショップの開会の挨拶時の野口氏
成城大学が行うASEAN地域のジェンダー平等への取組とは
ーーASEAN-JAPAN Actions on Sports: Gender Equalityの事業に関してですが、東南アジアのスポーツ現場ではどのようなジェンダー不平等があるのでしょうか?
野口)例えば「リーダーシップ」のところです。東南アジアでも男性がリーダーシップのポジションを占めてスポーツが作られてきたっていうところもあるので、リーダーシップのポジションにいる女性は少ないです。各国のオリンピック委員会がデータを取っていますが、女子のリーダーの割合は20〜30%だと思います。経済的にまだ発展してない国では、オリンピック委員会の女性リーダーは1人か2人ぐらいしかいないというのが現状です。
また東南アジアの国では、競技スポーツは男性がやるものという認識がまだ強くあります。女子が入っていこうとしても、「男子の方が上手だからね」とか「男子の方が優遇されて当たり前だよね」っていうふうに言われます。女の子に対してサポートもなく、結局諦めてしまうということもあります。そのため、指導者やリーダーに男性が多いと女性は弱い立場に置かれてしまいます。そういったパワーバランスの中でジェンダーに基づく暴力(Gender-based violence: GBV)が起きていると感じています。女性の中にも無意識のうちにそういう暴力を受けてきたというケースがあるのではないでしょうか。
あとは「女性らしさ」です。例えばタイ、インドネシアやマレーシアといったムスリム国家は、女性らしさが宗教的に紐づいており、スポーツをすることが女性らしさから逸脱することと思われます。そうすると保護者や親戚といった親の世代が、女の子がスポーツすることを制限したり、女の子が選択できるスポーツを限定したりします。現に、政府も女性にも十分な資金がいきわたるように予算を分配していないのが現状です。
ーーこういったジェンダーの不平等の裏には構造的な問題があると野口先生はおっしゃますが、それはどういうことでしょうか?
野口)構造的不平等といっているのは、ひとつの問題がいろいろな仕組みの中で起きているということです。
例えば「どうして女性はリーダーシップ研修に行かないんですか」って、たまに言われます。「研修があるのにどうして女性は行かないんですか、それに出たらいいじゃないですか」と。しかし女性がリーダーになるっていうこと自体が、社会規範としての女性らしさから逸脱する。そういう状況であるならばリーダーシップ研修に行くことすらも、女性にとってハードルが高くなってしまいます。
またリーダーになってもそこに男性しかいなかった場合、女性が安全安心に発言できるかというとそうではない。そこにポリシーがなかったりすると自分の発言が抑圧されてしまう可能性もあります。
そのため、複雑に絡み合った仕組みの中でリーダーシップ研修にいけない理由が作られていることをとらえなくてはいけません。複数の問題が繋がっていることを理解することで、複数の要因に同時にアプローチしなければ結局不平等が解決されないということが分かります。
調査事業で見えてきた女児や女性を取り巻く課題や要因
ーーこの構造的なジェンダー問題を解決するために、この事業では具体的にどんなことをしているんですか?
野口)2023年度にASEANの地域に対して実施したのは、調査事業とワークショップです。調査事業ではそれぞれの国で女の子や女性がスポーツをする意義や価値などを聞きました。また女の子や女性がスポーツに参加する際の阻害要因を洗い出すことも目的にしました。
今年度に調査したのはインドネシア、フィリピン、ベトナムの3カ国です。各国の政府機関、スポーツの競技団体、スポーツ系大学の女子大学生グループ、NGOなどコミュニティスポーツの団体から話を聞きました。
キャプション:2023年11月に行われたインドネシア調査の様子(野口亜弥氏 提供)
ーー女性のスポーツ参加を阻害する要因はなんだったのでしょうか?
野口)「これです」と断定することは難しいのですが、3カ国やって感じたのは、女性は家庭内で「こうあるべきだ」という規範がすごく強いということです。それぞれの国で男性が家事労働することも増えているとはいいますが、やはりそこには強い性別役割分業の規範があります。
例えば、女性はスポーツをやってもいいけど家庭内の仕事をおろそかにしてはいけないよねとか、トップアスリートのところで言うならば、女性は結婚し妊娠、出産しなきゃいけないから男性ほど長くスポーツはできないよねといったことです。また、ジェンダー平等だから外で活動するのは全然OKなんですが、結局家庭内の仕事に従事しているから外に行けないということも現状としてあります。
もう一つは、スポーツにおいて女性は男性以上に結果が求められることです。スポーツで活躍できると証明すればスポーツを続けることが許されるというように話をしている方々がインドネシアの調査では多かったです。
スポーツはやりたい人がやったらいいというよりも、女性がスポーツをやるからにはそれなりに結果を出さないといけないという風潮があります。男性も結果を求められるのは同じですが、女性の方がスポーツで活躍できるチャンスが限られているので、より結果を求められます。やはり男性中心でスポーツが考えられ、環境が作られていることから、スポーツは男性が中心でやるものという認識が強いのかなと思います。
ーー女性に求められる結果とは競技成績ですか?もしくはスポーツを続けてお金を稼ぐということですか?
野口)競技大会での成績もそうですし、スポーツをすることで就職に繋がったり、大学の奨学金を獲得できたりといったことがあれば保護者も認めてくれます。しかしそうでないのであれば、なかなか続けるのは難しい。
インドネシアの調査では、スポーツフォーオール(スポーツ活動の普及)に注力している団体にインタビューを行いました。そこでは専業主婦の女性たちが関わっているのですが、「どうして関われるのか」と聞くと、家庭内の仕事をちゃんとやっているのに加えて、スポーツのコミュニティを活用して女性たちが少しでも収入を得られていることも理由に挙がっていました。例えば、団体に所属する専業主婦の女性は、ヨガのインストラクターのようなことをやっていますが、集まってくる女性たちに自分で縫った物を販売しているそうです。そこで一定の収入を得ているため、ある程度夫もスポーツ参加を認めてくれているという発言をしていました。やはり生産活動に繋がること、それが女性のスポーツに参加する条件になっているんだと感じます。
ーー[後編]では、事業の二つ目の柱であるワークショップに関して詳しく聞いていきます。
(後編へ続く)
後編はこちら:【インタビュー・成城大学(後編)】ASEAN諸国が一堂に会するワークショップ ~各国が目指すジェンダー平等を取り入れたスポーツ政策の立案とは~
取材対象者・インタビュー実施者
■取材対象者:野口亜弥(のぐち あや)成城大学スポーツとジェンダー平等国際研究センター 副センター長
経歴:専門は「スポーツと開発」と「スポーツとジェンダー・セクシュアリティ」。米国の大学院にてMBAを取得。
スウェーデンでのプロ女子サッカー選手の経験を経て現役を引退。その後、ザンビアのNGOにて半年間、スポーツを通じたジェンダー平等を現場で実践。
帰国後、スポーツ庁国際課に勤務し、国際協力及び女性スポーツを担当。現在は成城大学文芸学部専任講師。
各種講演やNGOや行政のプロジェクトにも専門家として参画。博士課程在籍。プライドハウス東京共同代表。
■インタビュアー:笹田健史(ささだ たけし)
経歴:ストレングスコーチ兼ジャーナリスト。
タイのチェンライユナイテッドやラグビートップリーグ(現リーグワン)のキヤノンイーグルスなどでストレングスコーチとして働くかたわら、ganasでライターとしても活動。
取材地域は主に東南アジアとアフリカ。スポーツでの社会貢献を目指す。
独立行政法人 日本スポーツ振興センター
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