2024年7月23日 12:00
2024年8月14日 9:14
【インタビュー・成城大学(後編)】ASEAN諸国が一堂に会するワークショップ ~各国が目指すジェンダー平等を取り入れたスポーツ政策の立案とは~
全体公開
成城大学は2023年4月、スポーツとジェンダー平等国際研究センター*を開設し、令和5年度ポスト・スポーツ・フォー・トゥモロー推進事業(PSFT)再委託事業である「ASEAN-JAPAN Actions on Sports:Gender Equality」に取り組んでいます。これは日本と東南アジア諸国連合(ASEAN)10か国政府*が協働して実施しており、スポーツを通じたジェンダー平等の推進を目指しています。
前編では、成城大学専任講師でスポーツとジェンダー平等国際研究センター副センター長の野口亜弥(のぐち あや)先生から事業の概要と柱のひとつである現地調査に関してお話を聞きました。後編では、現地調査によって見えてきた女性たちの考え、そして二本目の柱である「ワークショップ」について詳しく話を伺いました。
*スポーツとジェンダー平等国際研究センター:スポーツとジェンダー/セクシュアリティ研究及び社会課題に対するスポーツの役割についての研究を進める成城大学の研究機関。スポーツ界におけるジェンダーの構造的な不平等を調査し、多様な性の平等を目指す。
*インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ブルネイ、ベトナム、ラオス、ミャンマー、カンボジア
前編はこちら:【インタビュー・成城大学(前編)】「もう我慢しなくてもいい!」ASEANの女性のスポーツ参加促進を目指したジェンダー平等事業を開始
ASEAN地域の女性にとってのスポーツ参加とは
ーー 女性自身はスポーツをどう捉えているのでしょうか?
野口)スポーツフォーオールの団体や女子大生の中で強く出ていたのは、自身のキャリアのステップアップのツールとしてのスポーツ。奨学金がもらえるからとか、スポーツをしたことによっていい就職先にいけるかもしれないからといった動機でスポーツをしていることが現状では多いようです。
あとスポーツは安価に健康になれるし、自分の身体的な美しさを保てるっていうことで続けている女性が多かったです。インドネシアでは女性は外見の美しさを年をとっても保たなきゃいけないというのも強く感じました。社会が女性の「美しさ」の基準を画一的なものにしている場合、スポーツがその画一的な「美しさ」を強化してしまう側面もあると思います。そのため、スポーツに参加することは安価にその美しさを維持できるという認識を持っていました。
もちろんスポーツ自体を楽しむ側面もあるとは思いますが、より実生活に直結する価値づけをスポーツにしていたのは、新しい視点でした。
ーー 外見を美しくするという動機でスポーツをすることをどう思いますか?
野口)外見の美しさを維持したいからスポーツをするというのはいいことだと思うんですが、その外見の美しさの基準が、誰にとっての美しさで、多様性を包摂しているのかというのは重要だと思います。そもそも「美しさ」は主観的なものなので、美しさの基準は多様であるべきです。インドネシアのスポーツフォーオールの団体の女性に「理想とする女性の姿」について質問すると、体が細く、美を追求し努力していて、家事も仕事も子育ても行い、自宅でできる運動も積極的にやっている女性が理想だとしていました。
この理想の「女性」のあり方は、本来であれば多様で良いはずです。どんな体型の人だって素敵だし、いろんな体型の美しさがあるはずです。インドネシアの理想の「女性」のあり方が、画一的であるのであれば、スポーツがそのジェンダー規範を強化してしまうのは良いことなのかと考えてしまいます。
各国の政策から見る女性とスポーツの現状
ーーそれではプロジェクトのもう一つの柱であるワークショップについて教えてください。
野口)ASEAN10カ国の政府関係者と各国のオリンピック委員会の女性スポーツ担当者、各国2人ずつ呼んで、2024年の1月にベトナムのハノイでワークショップを実施しました。このワークショップでは、ジェンダーの不平等が構造的に作り出されていることを理解してもらうこと、それを踏まえてスポーツにおいてどのようにジェンダーの主流化を進めていくのか、政府の方々と一緒に考えるというプログラムを実施しました。
なぜこのテーマにしたかというと、社会の構造の中でジェンダー不平等が生まれていることになかなか気づきにくいからです。私もタイで研究をしていたのですが、男女平等の意識は高いが故に、男女間のパワーバランスの不均衡から生じる機会の不平等が見落とされているように感じています。
キャプション:2024年1月に行われたワークショップ。ASEANのスポーツ担当者やASEAN各国のスポーツ政策立案者が一堂に会して、スポーツにおける男女平等について話し合った。
ーーワークショップではこの構造的な問題をどのように伝えましたか?
野口)ワークショップの中でまずエクイティ(公平性)の話をしました。1の努力をしたらその機会が取れる人と3の努力をしなければその機会が得られない人もいる。であるならば、3の努力をしなくても1の努力で取れるようにはサポートしましょう、という考え方です。スポーツはもともと男性が作ってきたので、男性には当たり前にチャンスがあるけれども、女性には男性ほどチャンスが与えられていない。女性がそのチャンスを獲得しようと思ったら男性の何倍も努力をしなきゃいけない現状であることも伝えました。
次に説明したのが関係性のエンパワーメントです。問題を考える時に、個人的なことと関係的なこと、そして組織的なことの3つのレイヤーで考えなければならないということです。
男性は、男女等しく価値があると思っているからこそ、スポーツをやらないのは、女性にそのつもりがないからだとか、その能力がないからなど、個人の問題に焦点を当てる傾向があります。しかしそこだけが問題なのではないと考えています。例えば家庭内にしてみたら女性は男性の影響をすごく受ける。組織の中で意思決定層が男性ばかりだと、男性のプログラムが多かったり、男性の競技により予算がついたりする。そうなってしまうと、いくら女性にスポーツ参加を促していても女性にとっては難しい。
このように問題を複合的に見る必要があることを伝えました。私は東南アジアでは関係性の中で生じているパワー格差が大きいんじゃないかなと思っています。家庭内の夫と妻の関係性だったり、親から影響を受ける子どもだったりです。
キャプション:政策のアイデアを発表するブルネイのスポーツ担当者。ワークショップではジェンダー平等を実現するためのスポーツ政策を6つの分野で考え、各国に発表してもらった。
ワークショップを通じて得た成果とは
ーーワークショップを実施して、成果や手応えなどはありましたか?
野口)ASEAN10カ国のスポーツ政策の立案者たちとグループワークをする時間を作れたということは良かったです。自分たちの国では、特にジェンダーに関して意見を出し合いながら何かを作っていくという機会はそこまでないと思います。また、自分たちだけでは難しかったり、いろいろしがらみもある中で、10カ国が集まって作業する。そこにはジェンダーの専門家やグローバルな人材など多様な人が参加しており、そのような場を作れたのはASEANの国の人たちにとっては良かったのかなと思います。
実は、今回のワークショップでは各国のプレゼンテーションに対する満足度が高かったです。他の国がどのような活動をしているのかを知れたことが、高い満足度に繋がったのだと思います。
特に東南アジアでは関係性をすごく大切にします。だからこそ、ASEANという共同体の中で自分の国はどこにいるのかとか、ASEANという共同体の中での自分たちの役割とかなど、グループ意識みたいなものが結構強いのかなと思いました。現に、フィリピンの発表を見て「あれ面白いですね、どうやってるんですか」って聞きに行ったりしている参加者もおり、そういうのが生まれるのは、とてもいいなって感じました。
また、ラオスとかは、自分たちはまだこのレベルではないですと言いながらも、自分たちができるところを進めていました。そして、ラオスを言語的にも民族的にも近しいタイがサポートしていました。みんな温かく、この「みんなで頑張ろうね」というのは、ASEANの良い特徴なのかもしれません。
キャプション:各国のアクションプランを検討するグループワークでは、タイとラオスが連携し、進めていた。
野口)さらに、成果として、国連教育科学文化機関(UNESCO)がジェンダー平等のためのツールキットを作っているのですが、そこの好事例として、この日ASEANの取り組みを取り上げていただくことになりました。シンガポールやマレーシアがスポーツ政策で良い取り組みをしていたことから、それを事例として入れたいと依頼されました。このように、今回の日ASEANの取り組みが、国際団体やUNESCOにもちゃんと情報として行き届いていることは嬉しいことです。これまで東南アジアの状況などが国際的なディスカッションに上がることはほとんどありませんでした。そのため、これはひとつの成果だと思っています。
キャプション:「WANITA DALAM SUKAN (スポーツにおける女性)」と書かれた冊子を見せるマレーシアのスポーツ政策者。マレーシアはいち早くジェンダー視点をスポーツ政策に反映する。
今後のプロジェクトの展望や期待
ーーこのプロジェクトに関してどのような展望を持っていますか?
野口)せっかくASEANの政府と一緒にやっているので、政府にしかできないことを目指したい。それはやっぱりスポーツ政策だと思います。スポーツ政策の中でジェンダー課題を可視化させ、明示して、改善していくための予算もつけ、それをちゃんと維持していく。ジェンダーの課題がどのように改善しているのかでしっかりモニタリングし、透明性(アカウンタビリティ)を持ってスポーツ政策を進めていくことです。
東南アジアでは、スポーツに関するジェンダー別のデータが全然ないっていうことが一つの問題であると考えております。データがないのでモニタリングができません。ジェンダー別データがあれば、ジェンダーの課題を可視化できるし、改善されてきていることもわかります。
日本であったらスポーツテストがあるから、そこで男の子と女の子が、毎年どれぐらい運動能力が伸びているのか、下がっているのかが分かるじゃないですか。成人男女のスポーツ実施率とかっていうのもちゃんとデータがある。
こういったジェンダー別データをASEAN各国でもしっかりと取り、活用していく。そして、それを政策に反映していく。この一連の取組をできるようにしたいと思っています。
ーー今後の活躍を期待しております! ありがとうございました!!
取材対象者・インタビュー実施者
■取材対象者:野口亜弥(のぐち あや)成城大学スポーツとジェンダー平等国際研究センター 副センター長
経歴:専門は「スポーツと開発」と「スポーツとジェンダー・セクシュアリティ」。米国の大学院にてMBAを取得。
スウェーデンでのプロ女子サッカー選手の経験を経て現役を引退。その後、ザンビアのNGOにて半年間、スポーツを通じたジェンダー平等を現場で実践。
帰国後、スポーツ庁国際課に勤務し、国際協力及び女性スポーツを担当。現在は成城大学文芸学部専任講師。
各種講演やNGOや行政のプロジェクトにも専門家として参画。博士課程在籍。プライドハウス東京共同代表。
■インタビュアー:笹田健史(ささだ たけし)
経歴:ストレングスコーチ兼ジャーナリスト。
タイのチェンライユナイテッドやラグビートップリーグ(現リーグワン)のキヤノンイーグルスなどでストレングスコーチとして働くかたわら、ganasでライターとしても活動。
取材地域は主に東南アジアとアフリカ。スポーツでの社会貢献を目指す。
独立行政法人 日本スポーツ振興センター
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