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2024年6月26日 12:00

VOL16.【スポーツマネジメント】大規模スポーツ大会の社会的インパクトとは?

全体公開

はじめに

 パリ2024オリンピック・パラリンピック大会の開催まであと数か月に迫り、また日本国内でも東京2025世界陸上や愛知・名古屋2026アジア大会を控える中、国内外で大規模スポーツ大会への関心が高まっています。

 これらの大会は開催国や開催都市、また地元住民に様々な影響を与えると言われていますが、本稿では近年注目を集める「社会的インパクト」に着目し、関連する学術研究を参照しながら、大規模スポーツ大会の社会的インパクトとは何か、ということを説明します。

 

社会的インパクトとは?

 大規模スポーツ大会の開催は多大な公的資金を必要としますが、これらの費用を正当化する理由の一つとして大会が開催地域にもたらす「経済的インパクト」が挙げられます。経済的インパクトは、大会の準備(大会会場の建設等)や運営に伴う雇用の創出や地元経済の活性化による住民の収入の増加を指します。

 しかし近年、経済的インパクトの評価方法の妥当性に対して学術界を中心に疑問が提起されており、また経済的インパクトの測定のみではイベントの開催が人々の生活に与える広域的な影響を捉えられないという問題点も指摘されています。よって、経済的インパクトに代わる大規模スポーツ大会のインパクトの新しい評価指標として「社会的インパクト」が注目されるようになりました。

 大規模スポーツ大会の社会的インパクトは、「地元住民の生活の質(Quality of Life)に影響を与える可能性のある、あらゆるインパクト」(Fredline et al., 2003)と定義できます。これらのインパクトは個々の住民への影響はもとより、大会会場の周辺地域や開催都市、さらには開催国など社会全体への影響も含みます。

 

社会的インパクトの分類

 大規模スポーツ大会の社会的インパクトに関して2010年以降、多くの学術研究が発表されていますが、これらをまとめたレビュー論文をクイーンズランド大学のMair博士を筆頭とする研究チームが2023年に発表しました。

 この論文は、大規模スポーツ大会でもとりわけ規模の大きいメガイベント(オリンピックやFIFAワールドカップなど)の社会的インパクトを調査した107本の学術論文の分析に基づき、社会的インパクトを8つのタイプに分類しています。以下は、これらのタイプを「個々の住民へのインパクト」と「社会全体へのインパクト」に分けて整理したものです。

個々の住民へのインパクト

  • ボランティアの普及や教育・スキルの向上:大規模スポーツ大会の運営に多くの住民がボランティアとして携わることでボランティア人口が拡大し、また大会関連の仕事を行うことで労働者の教育水準やスキルが向上する。

  • 社会的結束、シビックプライド、社会関係資本の創出:大会の開催により住民間の結束が強まり、また地元への誇りや信頼できる社会関係の創出にも繋がる。しかし、大会中、交通渋滞や治安の悪化が起きた場合、社会関係などに悪影響を及ぼす可能性もある。

  • インクルージョンとダイバーシティの促進:大会を通して個々人への尊重や多様性への理解が深まる。

  • スポーツの促進や健康の向上:大会がスポーツ参加のきっかけとなり、住民の健康維持や向上に寄与する。

社会全体へのインパクト

  • ビジネスや政府間のネットワーク構築:大会の準備や開催のために企業や政府を含む様々な組織が連携することで組織間の協力関係が生まれる。

  • デスティネーション・ブランディング:大会の開催により開催地のイメージが向上し観光客の増加やビジネス機会の創出に貢献する。

  • 災害への準備:大会の円滑な運営の為にあらゆる災害への対応策を講じることが将来の災害への備えにも繋がる。

  • アクセシビリティとアクセシブル・ツーリズムの推進:大会を契機に誰もが利用しやすい施設やインフラが整備され、またそれらを活用したアクセシブル・ツーリズムの推進にも寄与する。

 さらに、これら8つのタイプの社会的インパクトは、図1で示すように開催前、開催中、開催後の内、どの期間に最も生じやすいかという観点からも分別できます。

図1:社会的インパクトの時間軸での整理

計画的な社会的インパクト評価の重要性

 このように大規模スポーツ大会の社会的インパクトは複数のタイプを含み、また異なったレベル(住民もしくは社会全体へのインパクト)や期間(開催前、開催中、開催後)で生じると理解できます。

 したがって、今後、国内で開催される大規模スポーツ大会の社会的インパクトの評価・測定を行う場合、それぞれのタイプのインパクトを測定するために誰を対象として、どのようなデータをいつ収集し分析すべきかを、大会の準備期間中から計画的に設計していくことが不可欠です。

 また、とりわけ大会の開催後に生まれると考えられる社会的インパクトに関しては、東京2020オリンピック・パラリンピック大会など、近年行われた大会を対象に調査を実施し、実際にどのようなインパクトが生まれたのか、またこれらのインパクトを持続するにはどのような方策を講じるべきかを検討していくことが重要です。

参考文献

  • Fredline, L., Jago, L., & Deery, M.: The Development of a Generic Scale to Measure the Social Impacts of Events. Event Management, 8(1), 23–37. 2003.

  • Mair, J., Chien, P. M., Kelly, S. J., & Derrington, S.: Social Impacts of Mega-events: A Systematic Narrative Review and Research Agenda. Journal of Sustainable Tourism, 31(2), 538–560.2023.

執筆者

井上雄平(いのうえ ゆうへい)英国マンチェスターメトロポリタン大学 経営学部 スポーツマネジメント領域 教授

英国マンチェスターメトロポリタン大学経営学部の教授(スポーツマネジメント領域)。主な研究テーマは、スポーツを通して個人や社会のウェルビーイングを向上するための組織やイベント、プログラムのマネジメント手法を明らかにすること。経営学やスポーツ経営学の主要な国際学術誌にこれまで55本以上発表。また、「Sport Management Review」の副編集委員長を務める。

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