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2024年3月25日 8:00

更新

2024年4月15日 4:51

VOL8.【スポーツマネジメント】SROIを通したスポーツの社会的価値の評価とは -スポーツウェールズの事例ー

全体公開

はじめに

 スポーツにおいて、様々な社会的価値があると言われていますが、社会的価値をどのように評価すべきでしょうか。

本記事ではスポーツがもたらす社会的価値の評価に関して、スポーツウェールズが実施したスポーツのSROI調査をご紹介いたします。

 

SROIとは

 国や地方自治体の予算を、スポーツの普及促進などのスポーツ関連事業になぜ投資すべきか?公的予算のより効果的な使用の必要性が叫ばれる中、この問いに答えることはますます重要になっています。このような状況下で、近年、スポーツ関連事業への投資が地域や人々にもたらす「社会的価値」を、SROI(社会的投資収益率)を用いて評価することが注目を集めています。

 SROIとは、特定の活動や事業が生み出す社会的価値を定義・測定し、これらの価値の金額換算価値を算出した上で、社会的価値の創出のために必要とした資源の投資総額と比較するインパクト評価の枠組みです。また、SROI比率は、創出された社会的価値の金額換算価値の総額と投資総額の比を指し、費用対効果の評価指標となります。例えば、SROI比率が2:1の場合、100円分の投資により、200円分の社会的価値が生まれたことになります。

 SROIは、1990年代後半に米国で開発された手法ですが、2000年代以降はヨーロッパ諸国での使用が活発となっています。とりわけ、英国はSROIの普及に先導的な役割を果たしており、2009年には、英国内閣府と非営利組織SROI Network(現Social Value UK)が「A Guide to Social Return on Investment」(2012年改訂)をSROIの運用ガイドラインとして共同発行しました。

 

スポーツウェールズのSROI調査

 スポーツ関連事業の費用対効果をSROIを通して評価した最近の事例として、英国ウェールズでスポーツ振興を行うスポーツウェールズ(Sport Wales)が2023年12月に公表したスポーツ活動のSROI調査が挙げられます。同調査は、ウェールズで2021/22年度に実施されたスポーツ活動全般を評価の対象とし、これらの活動の社会的効果を、①健康(病気の予防)、②主観的ウェルビーイング(人生満足度の増加)、③ソーシャルキャピタル(社会関係の構築)、④ボランティア活動(ボランティアによる人件費の削減)の4つに定義しました。また、これら4つの効果が創出されたことによる社会的価値の金額換算価値を59.8億ポンド(約1兆1,250億円)と試算しました。具体的な内訳は以下です。

 

  • 健康による社会的価値=6.2億ポンド

  • 主観的ウェルビーイングによる社会的価値=20.6億ポンド

  • ソーシャルキャピタルによる社会的価値=28.7億ポンド

  • ボランティア活動による社会的価値=4.3億ポンド

 

 さらに、59.8億ポンドの社会的価値を生み出すために、スポーツ参加者や、民間・公共セクターから計13.5億ポンド(約2,540億円)の投資が必要だったと試算され、SROI比率は£4.44:1(スポーツへの1ポンド毎の投資により、4.44ポンド分の社会的価値の創出)になりました。

 尚、過去に行われた同様の調査として、2019年にシェフィールド・ハラム大学の研究チームが発表した英国イングランドにおけるスポーツ活動のSROI評価が挙げられます。この調査では、スポーツの社会的効果を、①健康、②主観的ウェルビーイング、③教育達成度の向上、④犯罪数の軽減、⑤ヒューマン・リソース(ボランティアによる人件費の削減)の5つと規定し、2013/14年度のイングランドでのスポーツ活動のSROI比率を£1.99:1と試算しました。これはウェールズにおけるSROI比率より低い数値ですが、イングランドの調査では、ウェールズの調査で社会的価値の試算が最も高かったソーシャルキャピタルを含めておらず、このことがSROI比率の違いの大きな要因になったと考えられます。


SROIの更なる普及に向けた留意点

 SROIはスポーツ関連事業が生み出す社会的価値の可視化や測定に有効なツールとなりえますが、過去の学術研究ではSROIの更なる普及に向けて様々な留意点が指摘されており、ここでは、代表的なものとして2点を論じます。

 まず、先述したウェールズとイングランドでのスポーツのSROI調査の比較で明らかなように、どの社会的効果をスポーツの社会的価値の試算に含めるかで、SROIの結果に大きな違いが出る可能性があります。従って、過去のSROI調査の事例を参考にする際や、今後、SROIの測定を行う場合に、どのような社会的効果が測定の対象となったのか(もしくは、対象とするのか)を慎重に吟味する必要があります。

 さらに、SROI調査で社会的価値を定義・測定する際に、スポーツが社会に与える有益な効果と共に、負の社会的効果も考慮することが重要です。例えば、スポーツウェールズの調査は、健康に関連して、病気の予防に加えスポーツ参加による怪我の増加も社会的効果の測定に含め、怪我の増加に伴う社会負担(5,800万ポンド)を差し引いた上で社会的価値の金額換算価値を算出してます。負の社会的効果を考慮することは、SROIの国際認証機関Social Value Internationalが提唱する「過大な主張をしない(Do not overclaim)」という原則とも合致し、今後、SROIを用いてスポーツの社会的価値を正当に評価をするためには不可欠です。


参考文献


執筆者

井上雄平(いのうえ ゆうへい)英国マンチェスターメトロポリタン大学 経営学部 スポーツマネジメント領域 教授

英国マンチェスターメトロポリタン大学経営学部の教授(スポーツマネジメント領域)。主な研究テーマは、スポーツを通して個人や社会のウェルビーイングを向上するための組織やイベント、プログラムのマネジメント手法を明らかにすること。経営学やスポーツ経営学の主要な国際学術誌にこれまで55本以上発表。また、「Sport Management Review」の副編集委員長を務める。

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