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2024年4月3日 8:00

更新

2024年4月3日 0:46

VOL9.【障害者スポーツ】Para Sport Against Stigma(PSAS)~実践×研究で目指すパラスポーツを通じた社会変革の可視化~

全体公開

はじめに

 スポーツを通じた国際開発を進めていくうえで、事業の効果や課題を可視化し、そしてそれを実践知に還元する循環を作り出すことは、事業の効率化および持続化のために一つ重要な観点であるといえます。スポーツを通じた国際開発に限らず、スポーツを手段とした介入策を実施する際に、解決すべき課題とスポーツにどのような関連性があるのか、どのような方法が適切なのか、あらゆる視点から計画を立てていきます。その際に必要なのが過去の事業から蓄積されたエビデンスです。

 スポーツを通じた国際開発に関するエビデンスを収集する際にはさまざまな課題が挙げられていますが、その一つが現場と研究のパートナーシップです。開発の現場には、NGO、競技団体、現地政府、資金提供者などさまざまなステークホルダーが存在します。経験や勘に基づく事業立案ではなく、これまでの成功と失敗から学びを得た上での戦略的なプロジェクトの遂行には、ステークホルダーが協力しながら効果検証を進めていく必要があります(Pawson, 2006)。特に、スポーツを通じた国際開発のプロジェクトが実行される途上国・地域となるため、統計情報の確保など調査研究に必要な情報収集はより一層困難となるでしょう。

 研究者、実務者、政府の「対話」を維持しながらプロジェクトを遂行するヒントとなる実践例の一つが「Para Sport Against Stigma(PSAS)」です。


Para Sport Against Stigma(PSAS)とは

 Para Sport Against Stigma(PSAS)は2020年から2024年にかけて実施される計画で、ラフバラ大学、国際パラリンピック委員会(IPC)、マラウイ大学が共同で進めています。このプロジェクトは、サハラ以南のアフリカにおける障害に対する差別や偏見の払拭(ふっしょく)、そして障害のある人の生活の質向上を目指した支援技術(Assistive Technology: AT)の導入促進を目標に掲げており、その目標達成のために人々のパラスポーツに対する関心の醸成、パラスポーツ振興体制の確立、人々の障害に対する意識の変革、そしてパラスポーツを通じた障害者政策の前進など多様な取り組みを講じています。このプロジェクトでは、実務者と研究者がともに現場で参加者と触れ合いながらプロジェクトを進めており、並行して学術的な検証も行われているのが特徴です。

 プロジェクトの初期段階では、まずマラウイの人々にパラスポーツを知ってもらい、また関心を醸成するための取り組みが実施されました。その一つとして、マラウイ南部、中部、北部の農村部で東京2021パラリンピックなどのパラスポーツ映像の上映会が開催されています。しかしながら、このパラスポーツ映像に含まれる選手や競技の様子は、使用されている義肢などの用具、競技内容、選手らの生活環境など、マラウイの障害問題を取り巻く状況とは大きく異なるため、人々にとって縁遠い事象として認識されるかもしれません。そこで、パラスポーツの映像放映だけでなく、マラウイの社会状況に即した障害の問題を主題とした演劇の上演、そしてそれらの内容を踏まえた参加者同士のディスカッションの場が設けられました。この一連の取り組みに対する参加者らの反応は学術調査され、パラスポーツおよび障害に対する関心が高まりつつあることが報告されています(Akambadi et al, 2023)。

 また、上記のような継続的なパラスポーツ普及振興事業の展開、パラスポーツ選手の育成環境の整備、メディアへの露出機会の確保のため、障害者団体(DPO)、マラウイ・パラリンピック委員会、メディア関係者、専門家らとワークショップが開催されました。このワークショップでは、演劇やパラスポーツのデモンストレーションなど、学校を拠点とした活動の展開についても協議され、草の根活動を支えていく中間組織らの協力関係が構築されてきました。

 さらに、より強固にパラスポーツ振興を進めるための持続的なシステムを構築するためには、現地政府との協働も必要となります。一般の人々を対象とした上映会で実施した調査、中間組織とのワークショップの成果など、これまでに得られた知見を統合し、省庁横断的な議論が進められています。この政策的な議論はマラウイ国内のパラスポーツ振興、障害者政策の進展だけでなく、マラウイがサハラ以南のアフリカにおけるパラスポーツ振興の中心的な役割を担うための基盤整備としても期待されています。


 実務者と研究者が互いに連携し循環するアクションリサーチは、多様なステークホルダーの視点や経験を一つに統合し、そこから得られた知見を現場に還元する循環が生み出されます。この好循環を可能にするのは、プロジェクトに参加する人々の間に生まれる信頼関係だと言えます。研究者は時に、エビデンスを開発現場に押し付けてしまうとも言われていますが、多くの人が積極的にプロジェクトに参加する環境を育むためには、「何のために、なぜ、誰のために研究が重要なのか、あるいは必要なのか」、連携する人々と共有することが肝要だと言えます。

 

参考文献

Pawson, R. (2006) Evidence-based policy: A realist perspective. London: Sage.

Akambadi, J., Noske-Turner, J., & Magalasi, M. (2023). Paralympics as a Tool for Communication for Social Change: Audience Perceptions, Affect and the Social Change Potential in Rural Malawi. Media & Jornalismo, 23(42), 107-123.

Pawson, R. (2006) Evidence-based policy: A realist perspective. London: Sage.


執筆者

遠藤 華英(えんどう はなえ)同志社大学 スポーツ健康科学部 助教

同志社大学スポーツ健康科学部助教。専門分野はスポーツ国際開発、スポーツ政策。早稲田大学スポーツ科学研究科博士後期課程修了後、2020年度より現職。主に東南アジアを調査地域として障害者スポーツ政策について調査研究を進めている。2015年度より日本財団パラスポーツサポートセンター・パラリンピック研究会に研究員として在籍。そのほか、同志社大学ソーシャルマーケティング研究センターにおいても研究活動を行っている。【主な論文】「後発開発途上国における障害者スポーツ政策の変容に関する研究―ラオス人民民主共和国に着目して―」など


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