
2024年2月26日 7:59
2024年3月13日 8:07
VOL3.【スポーツマネジメント】イノベーションを起こす組織の共通点は「ブリコラージュ」?スポーツ国際開発に係る組織マネジメントのカギとは?
全体公開
はじめに
世界中で展開されるスポーツを通じた国際開発ですが、このスポーツ国際開発に取り組む組織の多くはNPOやNGOなどの小さな民間団体だと言われています。各地域が抱える社会課題の解決には多くの手間と時間を要するため、こうした小さい団体が効率よくソーシャル・イノベーションを起こすために必要なマネジメント手法とは何か、多くの実践者や研究者たちの関心事項となっています。そこで注目されてきた概念が「ブリコラージュ(bricolage)」です。
ブリコラージュとは
ブリコラージュとは、文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロースが1962年に提唱した概念で、「ありあわせの道具、材料を用いて自分の手でモノをつくること」を意味します。ブリコラージュはあらゆる場面で使用されるが概念ですが、近年では組織マネジメントの分野でも注目されてきました。Bechky and Okhuysen(2011)は、「危機に瞬時に対応できる組織」について分析しました。アメリカ合衆国の米国の警察の特別機動隊(SWAT)などを事例に、予期せぬことが起こるような状況においても迅速に対応することができ、高い業績パフォーマンスを上げた極端にレジリエンスの高い組織の職場環境の分析をしたところ、レヴィ=ストロースが提唱したブリコラージュという概念が鍵になっていることを解明しました。つまり、外部の状況変化によって資源が不足した場合でも、組織外部の資源に依存せず、組織内部の資源活用に基づいたイノベーションの実現を目指せるかという点は、組織マネジメントを評価するための1つの重要な視点になり得るということです。
ブリコラージュとスポーツ国際開発に従事する組織のマネジメント
スポーツ国際開発に取り組む組織の多くは小さなNPOやNGOである一方、取り組む課題は複雑かつ長期にわたる介入が必要であるため、投入する多くの人的・資金的リソースの確保は重大な課題となります。このような資源確保にあたる制約を乗り越えるために多種多様な工夫を行っている団体が実際に数多く存在することに着目したAnderssonら(2023)は、スポーツ国際開発に取り組む組織の中でも、ブリコラージュ(「資源制約の状況下においても組織内部の資源を活用し、やりくりしようとする考えや行動」)の程度が高い組織は、あらゆる面におけるイノベーション(「組織が生み出すプロダクト・サービス」「プロダクト・サービスを提供する人々とのかかわり方」「組織内部の人的マネジメント」)にも積極的であるという仮説を立て、これを検証しました。スポーツ国際開発に取り組む161団体からデータを収集し分析したところ、やはりブリコラージュの程度とイノベーションに対する取り組みレベルには統計的な相関が認められ、組織の「やりくりする力」は、イノベーションへと向かう取り組みと関係があることが実証されました。
また、この調査では、経営規模が小さい団体の方が組織内部の資源を有効活用しなければならない局面が多くなると仮定し、組織の年間予算規模や有給スタッフ数とブリコラージュの程度の関係性も検証しましたが、こちらは有意な相関関係は認められませんでした。組織の経営規模による差異が認められなかったことについて、たとえ収入や人員が多い組織であったとしても、ミッションの達成のために必要なリソースが充足しているわけではなく、どんな組織においてもブリコラージュ的思考は重要であると結論付けています。
この研究では、組織のブリコラージュの程度とイノベーションのレベルの関係性に着目していましたが、調査内で使用された質問項目は、回答者の主観的判断に基づいて回答する形式でした。組織のパフォーマンス評価には、組織が掲げる目標の達成度合い、財務の健全性など様々な客観的指標があります。今後は、組織におけるブリコラージュ的思考の浸透が、財務や事業パフォーマンスに影響するのか、より具体的な検証が必要になるでしょう。さらに、いつ、どのように、なぜ組織はブリコラージュ的思考を取り入れるのか、そしてその動機に組織内部の特徴(ガバナンス、組織文化、意思決定の方法など)に関連があるのか、ブリコラージュが有効に行われるための制度デザインに資する研究も実施されていくと予想されます。このような組織マネジメントに資する研究蓄積が、開発現場で日々活動する多くの実務者にとって有益なヒントになることを期待します。
参考文献
Bechky, B. A., & Okhuysen, G. A. : Expecting the unexpected? How SWAT officers and film crews handle surprises. Academy of Management Journal, 54(2), 239-261. 2011.
Andersson, F. O., Svensson, P. G., & Faulk, L. : Entrepreneurial Bricolage and Innovation in Sport for Development and Peace Organizations. Journal of Sport Management, 1(aop), 1-15. 2023.
執筆者
遠藤 華英(えんどう はなえ)同志社大学 スポーツ健康科学部 助教
同志社大学スポーツ健康科学部助教。専門分野はスポーツ国際開発、スポーツ政策。早稲田大学スポーツ科学研究科博士後期課程修了後、2020年度より現職。主に東南アジアを調査地域として障害者スポーツ政策について調査研究を進めている。2015年度より日本財団パラスポーツサポートセンター・パラリンピック研究会に研究員として在籍。そのほか、同志社大学ソーシャルマーケティング研究センターにおいても研究活動を行っている。【主な論文】「後発開発途上国における障害者スポーツ政策の変容に関する研究―ラオス人民民主共和国に着目して―」など
独立行政法人 日本スポーツ振興センター
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