
2026年3月4日 12:00
【視察レポート】【SFTアクション+】 合同会社みどりや薬局が挑むスポーツの価値を基盤とした薬学教育 ― インドネシアでの体験型お薬教室の現場から
全体公開
本稿では、令和7年度SFTコンソーシアム会員等事業支援プログラム(SFTアクション+(プラス))を活用して実施された、合同会社みどりや薬局によるインドネシア・バリ島での『スポーツの価値を基盤とした体験型薬学教育プログラム』について、2026年1月の視察内容を踏まえて紹介する。
本事業は、スポーツの「フェアプレー」という価値を入口に、子どもたちの健康リテラシー向上と医薬品の適正使用を促す教育モデルの構築を目指すものである。スポーツの持つ「ルールを守る」「フェアに競う」といった価値を基盤に、子どもたちが薬の正しい使い方や健康を守る行動について学ぶ体験型プログラムとして実施された。
加えて、本プロジェクトは令和6年度事業計画相談会への参加を通じて構想が具体化されたものである。相談会での議論がどのように事業設計へとつながったのかを整理するとともに、日ASEANスポーツ協力において優先分野とされているアンチ・ドーピング分野における能力開発の方向性と照らし合わせながら、本事業がその知見を小学生向けの健康教育へと応用・展開している点に着目し、その意義と特徴を考えていく。
▶ SFTコンソーシアム会員等事業支援プログラム(SFTアクション+)とは?
SFTアクション+は、SFTC正会員が国内外で取り組む「SFTアクション(スポーツを通じた国際交流・協力活動)」を推進するにあたり、課題解決の一助となることを目的として、旅費(航空賃・宿泊費)ならびに諸謝金を支援するプログラムである。2024年度に開始された。
昨年度は13団体、今年度は11団体が採択され、世界各国でスポーツを通じた国際貢献や社会課題の解決に取り組んでいる。
▽詳細はこちら
https://www.sport4tomorrow.jpnsport.go.jp/jp/news/news-release/r7_sftactionplas_2/
1. 本プロジェクトの概要
合同会社みどりや薬局は、薬剤師の専門性を基盤に、医療・公衆衛生・教育分野を横断した活動を展開している。また、スポーツファーマシストの専門性を活かし、国内では、学校やスポーツ現場と連携し、アンチ・ドーピング教育や「お薬教室」を全国各地で実施してきた。
特徴的なのは、講話、お薬実験、カードゲーム「ドーピングガーディアン」を組み合わせた体験型の教育手法である。薬の基本(用法・用量や服用時の注意点)をミニレクチャーで整理したうえで、実験を通じて“目で見て理解する”機会を設け、さらにカードゲームを用いて医薬品やサプリメントの使用場面を想定した判断を体験する構成となっている。禁止物質そのものの知識にとどまらず、誤解や思い込みによるリスク、そして確認や専門家への相談の重要性を、対話を通じて学ぶ設計がなされている。
本プロジェクトは、国内で実践してきた取組を、医薬品の不適正使用が社会問題となっているインドネシアへ展開し、小学生を対象に「薬の正しい使い方」「フェアプレー」「自己管理」を学ぶ体験型授業として実施されたものである。
なお、インドネシアでは2024年度に公立小学校1校で試行的に実施しており、今回はその継続として2年目の取組となる。
▽合同会社みどりや薬局/ドーピングガーディアンについてはこちら
https://www.doping-guardian.com/
▽本プロジェクトについてはこちら
https://www.doping-guardian.com/blog/589
2. 日ASEANスポーツ協力の枠組みと本事業の位置づけ
本プロジェクトの背景を理解するために、日本とASEAN諸国の間で進められているスポーツ協力の優先分野について整理する。
日本とASEAN諸国は、2017年に設立された日ASEANスポーツ大臣会合のもと、スポーツ協力の強化を進めてきた。当初は、①体育教師・指導者の育成、②女性スポーツの推進、③障害者スポーツの振興、④アンチ・ドーピング分野における支援の4分野が優先協力分野として合意された。
その後、2023年にタイ・チェンマイで開催された第4回日ASEANスポーツ大臣会合において採択された「2030年に向けた日ASEANスポーツ協力の強化に関するチェンマイ宣言」により、「スポーツマネジメント」が新たな分野として加えられた。ここでは、スポーツ産業の発展、専門人材の育成、大規模大会運営に関する知見の共有、スポーツを通じたSDGsの達成など、分野横断的な協力の強化が掲げられている。
本事業は、こうした優先分野のうち、とりわけアンチ・ドーピング分野における能力開発の方向性を踏まえつつ、その知見を競技者層にとどめず、小学生を対象とした健康教育へと展開している点に特徴がある。
インドネシアでは、医薬品の不適正使用や抗生物質の自己判断による服用、若年層における健康リテラシーの課題などが指摘されている。薬に関する正確な知識や判断力を育む教育の重要性は、スポーツ現場に限らず社会全体に関わるテーマである。特にバリ島は、国際的な観光地として国内外から多様な人や価値観、製品、情報が流入する多文化的な地域である。学校関係者や大学教員からは、「多様なものが入りやすい環境であるからこそ、子どもたちが薬やサプリメント、嗜好品等に接する機会も増えやすい」との声が聞かれた。
さらに、バリ島では祈祷や伝統医療を生活の中で取り入れる文化も根付いており、薬の飲み方や健康観においても多様な価値観が共存している。多文化的な環境と地域固有の医療観が重なり合う中で、悪意のない誤使用や判断ミスが生じ得るという点において、本事業が重視する「意図せず起こるリスク」への教育的アプローチは一定の親和性を持つと考えられる。
また、学校におけるスポーツ活動も比較的活発であり、スポーツの価値を媒介とした教育的アプローチを展開しやすい土壌がある。前年度からの取組の蓄積も踏まえ、地域の文脈を意識した継続的な実施が進められている。
3.事業計画相談会を通じて整理された課題とプロジェクト構想
本プロジェクトは、令和6年度にSFTコンソーシアムで実施された事業計画相談会への参加を通じて構想が具体化されたものである。事業計画相談会は、スポーツを通じた国際交流・協力事業を検討する団体が、自らのアイデアや課題を持ち寄り、専門家との対話を通じて事業計画を整理・深化させていくことを目的とした場である。
議論の中心となったのは、「スポーツを入口とした薬物教育・アンチ・ドーピング教育を、インドネシアにおいてどのように持続的に展開できるか」という問いである。特に、小学生を主な対象とすることの妥当性、現地の教育機関や行政、アンチ・ドーピング機構等との連携の在り方、持続性を見据えた実施体制の設計、資金調達の多様化などが具体的な論点として挙げられた。
相談会では、国際協力事業の設計に用いられるPDM(プロジェクト・デザイン・マトリックス)を活用し、上位目標、事業目的、成果、活動、指標を整理しながら構想をブラッシュアップしていった。成果指標の設定やリスク管理、ローカライズの必要性などについても具体的な助言がなされ、日本国内での実証と海外展開をどのように接続するかが議論された。
特に強調されたのは、「日本で実施している内容をそのまま持ち込むのではなく、現地の制度・文化・教育環境に即して再設計する必要がある」という点である。言語や教育制度の違いだけでなく、薬の流通環境や健康観の違いも踏まえた設計が求められた。また、このプロセスの中で静岡県立大学薬学部との連携が具体化し、教員による監修や薬学生の参画が可能となったことも、本プロジェクトの実施体制を強化する重要な要素となった。
加えて、申請段階においても相談会時のアドバイザーとの連携が継続し、申請書案の確認や計画内容の整理にあたり助言が活かされた。
このように、事業計画相談会は単なる助言の場にとどまらず、専門性を国際的文脈の中で再定義し、実行可能な構想へと具体化するプロセスとして機能していたと言える。

写真①:事業計画相談会の様子
4.現地でのプロジェクトの実践 ― バリ島における体験型授業の展開 ―
2026年1月、インドネシア・バリ島において、スポーツの価値を基盤とした体験型お薬教室(講話+実験+ドーピングガーディアン体験)が、私立小学校および公立小学校の2校で実施された。
授業は、みどりや薬局を中心に、静岡県立大学薬学部の教員・学生、スポーツファーマシストでアンチ・ドーピング啓発に取り組む「ドーピング0会」のメンバーが連携する体制で行われた。国内で継続的に実証を重ねてきたプログラムを基盤としながらも、言語や授業環境の違いを踏まえ、現地の状況に応じた進行や説明方法が工夫されていた。
プログラムは、以下の構成で進められた。
薬の基本的な役割に関する講話
実験形式による体験学習
カードゲーム「ドーピングガーディアン」を用いたグループワーク
カードゲームは、サプリメントや薬の使用場面を想定した判断型の教材であり、エンターテインメント性を持ちながら「考える」設計となっている。
また、両校ともに現地の教員が授業に参加し、児童とともに内容を共有していた。教員が同席することで、授業内容がその場限りの体験にとどまらず、学校生活の中での対話や振り返りにつながる可能性も示唆された。
さらに、本プログラムは授業前後でプレテスト/ポストテストを実施しており、参加生徒の薬に関する理解度の変化を指標として、教育効果を検証した。
■ 私立小学校での実施(1/19)
私立校では、小学4~5年生約100名程度を対象に実施した。当初50名程度を想定していたが、関心の高まりを受け、最終的に約100名が参加した。
参加規模が大きかったこともあり、児童の反応は全体として活発で、体験型の進行が学びの入口として機能している様子がうかがえた。一方で、グループごとの対話を十分に確保することや、進行管理の面では、その場での調整が求められる場面もあった。
体験型プログラムを大人数で実施する際の役割分担やサポート体制の在り方は、今後の運営設計を考えるうえでの論点の一つである。
■ 公立小学校での継続実施(1/21)
公立校では6年生約50~60名を対象に実施された。同校では前年度にもプログラムが行われており、継続的な関係のもとでの実施となった。
参加人数が私立校よりも限定されていたことに加え、対象が6年生であったこと、さらに前年度にも同校で実施していたという背景もあり、グループワークや対話は、より深まりをもって進められていた。
私立校での実施を踏まえ、進行面や役割分担の調整も行われており、現地条件に応じた運営の工夫が重ねられていた。
私立校と公立校という異なる環境での実施を通じて、対象年齢や人数設定が体験型プログラムの運営に与える影響、そしてその都度調整していくプロセスそのものが、本事業の重要な蓄積となっていることがうかがえた。

写真②:公立小学校での授業の様子
■ 関係機関訪問・意見交換(PMI/総領事館)
学校での授業実施に加え、PMI Provinsi Bali(インドネシア赤十字)への訪問も行われた。災害部門の見学および意見交換が実施され、地域における医療・保健体制や災害対応の実際について理解を深める機会となった。
また、在デンパサール日本国総領事館では、SFTアクション+採択事業としての位置づけ、学校2校での実施内容、プレテスト/ポストテストによる効果検証の枠組み等について共有が行われた。単なる実施報告にとどまらず、今後の展開や連携可能性について意見交換が行われた点も、本事業の広がりを示す動きである。

写真③:PMIへの訪問(左)/在デンパサール総領事館訪問(右)の様子
5.国内の薬剤師・専門職にとっての学び ― 大学連携と実践の接続
本プロジェクトは、現地の小学生・教員に対する教育機会であると同時に、日本側の参加者にとっても大きな学びの機会となっていた。
今回の実施は、静岡県立大学薬学部臨床薬剤学分野との連携のもとで行われ、教員および薬学生が現地に同行した。薬学生は、事前の教材理解や準備段階から関わり、現地では実験の段取り、カードゲーム(ドーピングガーディアン)の進行補助、各グループでの対話支援など、授業運営の実務を担っていた。
言語や文化的背景が異なる環境では、専門知識をそのまま伝えることは容易ではない。翻訳機能を活用しながら、児童の反応や表情を手がかりに説明の仕方を調整する姿が見られた。本プロジェクトに同行した内野准教授からは「国際的な現場で専門性を試す経験は非常に貴重な機会である」との声も聞かれた。参加した学生にとっても、薬学の知識を“正確に説明する”だけでなく、“相手に届く形に翻訳する”ことの難しさと重要性を実感する機会となっていた。また、本プログラムは国内でも継続的に実施されている内容であり、大学との連携も国内の教室での実践から積み重ねられてきたものである。今回の海外実施は、そうした国内での協働の延長線上に位置づけられる。
さらに、現地ではスポーツファーマシストを中心とする団体「一般社団法人ドーピング0会」のメンバーも活動を支えていた。授業運営におけるサポートや、進行中の細かな判断・対応など、現場での実務面を支える役割を担っていた。
体験型プログラムは、想定外の状況が生じやすい。そうした場面での即時的な判断やフォローは、競技現場での経験を持つ専門職ならではの視点に支えられていたといえる。実施後には、自身の所属する地域でも本取組を報告・共有していきたいとの声も聞かれた。海外での実践が、国内の専門職コミュニティにおける議論や展開につながる可能性も示唆される。
本プログラムは、インドネシア向けに新たに設計されたものではなく、日本国内でも継続的に実証されてきた教育モデルを基盤としている。今回の海外実施は、その枠組みが異なる文化・教育環境でも一定程度機能することを確認する機会となった。同時に、現地で得られた所見は国内の実践にもフィードバックされ、教材や進行方法の改善へと還元される予定である。
このように、本事業は現地での教育実践であると同時に、日本側の専門職にとっても、自らの専門性を国際的文脈の中で捉え直す機会となっていた。

写真④:静岡県立大学の学生の様子
6.体制構築とリソース調達:人的ネットワークとクラウドファンディング
第5章で述べた通り、本プロジェクトの実現には、専門性を持つ人的ネットワークの存在が大きく寄与している。
実施にあたっては、静岡県立大学薬学部の教員・学生に加え、現地ではドーピング0会のスポーツファーマシストが支援に入り、教育現場を支える体制が組まれている。
また、国内側の調整では、インドネシアでの運動会や体力測定事業にも関わる大阪産業大学の谷本氏が支援し、現地での運営・調整においてはPT.Rita Partners Indonesiaの富本氏がコーディネートを担った。こうした実務面の支えがあってこそ、プログラムは教育現場で具体的な形を取ることができている。
資金面では、クラウドファンディングにも挑戦している。READYFORを通じた資金調達は、単なる資金確保の手段にとどまらず、本事業の理念や目的を社会に広く共有する機会ともなった。支援者の存在は、事業を「内輪の活動」にとどめず、社会的な関心の中に位置づける役割を果たしている。スポーツと薬物教育というテーマに対する共感や理解を広げる意味でも、クラウドファンディングは重要なリソース形成の一環となっている。
以上のような人的ネットワークと実践・還元の構造を整理したものが、図①である。

図①:本プロジェクトの実施体制
7.今後に向けて:専門性の国際展開としての発展可能性
みどりや薬局が取り組む本プロジェクトは、単年度の海外活動にとどまらず、継続的な展開を視野に入れている。
その具体的な方向性として、
・教材の現地化のさらなる深化
・現地の大学やパートナーとの協働体制の構築・強化
・日本国内の薬学生・薬剤師・スポーツファーマシストの参加機会の拡大
といった取組が検討されている。
また、インドネシアに限らず、ASEAN地域の他国への展開可能性も視野に入れているという。スポーツを入り口とした薬物教育モデルが、各国の教育制度やスポーツ環境に応じてどのように応用可能かが、今後の重要な検討課題となる。
海外で得られた所見は国内の実証にもフィードバックされ、国内外を往復しながら教育設計の精度を高めていく構造が形成されつつある。スポーツの価値を土台に、薬の正しい使い方を「知識」ではなく「行動」として身につける学びの在り方が、具体的な形として示されつつある。
本事業は、その具体的なモデル形成に向けた実践の一つとして、今後の展開が注目される。

写真⑤:公立小学校での集合写真
▽本プロジェクトに関する発信について:
〇 @Press(プレスリリース)
https://www.atpress.ne.jp/news/570981
〇READYFOR(クラウドファンディングページ)
https://readyfor.jp/projects/dopingguardian
8.関係者からのコメント
「本プロジェクトは、私たち学生にとって、日本とインドネシアの文化の違いによる医療に対する考え方の違いを実感する機会であるとともに、大学で得た知識・専門性を教育者という立場で実践する貴重な機会となりました。
本事業の実施に際し、多大なるご支援をいただいたSFTコンソーシアムをはじめとする関係各所の皆様に、心より感謝申し上げます。」
― 静岡県立大学薬学部 薬学科 臨床薬剤学分野 5年 望月ひなた 氏
「本プロジェクトは、スポーツを切り口に薬の適正使用とフェアプレーの価値を伝える先進的な取組であり、本学教員・学生にとっても、専門性を国際的な文脈で実践する貴重な機会となりました。
今後も専門知を活かした国際貢献を深化させるとともに、教育・研究の両面から産学官連携を推進し、持続可能な教育モデルの構築・発展に寄与してまいる所存です。」
― 静岡県立大学薬学部 教授 辻大樹 氏
「本プロジェクトは、本学学生、そして私たち教員にとっても、国内でみどりや薬局と連携して行っている「スポーツを入口とした薬の適正使用、薬物乱用防止、アンチ・ドーピングを学ぶ体験型教育プログラム」をインドネシアで実践する貴重な機会となりました。この有意義な経験の価値を、私たちは深く実感しています。
今後は教育効果を定量的に評価し、本教育プログラムをより高みへと発展させていく所存です。本事業の実施に際し、多大なるご支援をいただいたSFTコンソーシアムをはじめとする関係各所の皆様に、心より感謝申し上げます。」
― 静岡県立大学薬学部 准教授 内野智信 氏
「SFTアクション+の支援のもと、国内で培った体験型医薬品教育をインドネシアでも実施し、異文化交流の中でも日本の子どもたちと同様に笑顔で参加する姿に喜びと意義を感じました。
成果として、事前・事後テストで理解の向上を確認できた一方、文化の違いを踏まえたプログラムの改善点も整理できました。
スポーツファーマシストが核となるアンチ・ドーピング教育の社会実装の一例として、国内外で継続的に展開してまいります。」
― 合同会社みどりや薬局 代表社員 清水雅之 氏
9.参考
本記事は以下の資料を参照しています。
ドーピングガーディアンについて
スポーツ庁「第4回日ASEANスポーツ大臣会合」公式ページ
https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/sports/mcatetop08/list/detail/1422013_00001.htm
独立行政法人 日本スポーツ振興センター
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