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2022年10月24日 9:00

更新

2022年10月24日 0:16

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[前編]成功も失敗も経営に生かし、時代に見合ったリーダーを目指していく

日本は99%が中小企業の社会であり、今後の日本の発展には中小企業の活躍は欠かせません。企業の中には2代目・3代目へと代替わりが進み、次世代の経営者がこれまでと違う試みをしている企業も多数あります。

今回は趣向を変え、ニューリーダークラブ以外でチャレンジを行っている方へのインタビューを実施いたしました。京都の地元企業「KANMAKI」の3代目アトツギとして、企業改革に取り組む久保さんにお話を伺いしております。久保さんがC.O.O(業務統括責任者)として、どのようなチャレンジをしてきたのか、企業を成長させるマインドの醸成にどう取り組んでいるのかを紹介していきます。


KANMAKI(カンマキ)は関西巻取箔工業株式会社が正式名称で、「箔をつけるシゴト」をキャッチフレーズに70年以上に渡って顔料箔の製造を行っています。顔料箔は包装ラベルの印字、自動車のエンブレムやナンバープレート、化粧品のパッケージ、書籍の表紙など色々な所で使用されており、KANMAKIの仕事はこうした顔料箔を製作することです。70年分の経験とノウハウを元にグラム単位でのインクの調色、1マイクロメートル単位のコーティング技術によって、絶妙な色の違いや深みを表現する技術を持っています。2021年には京都市から「これからの1000年を紡ぐ企業」に認定され、SDGsにも貢献する企業として評価されています。長い歴史を持つ企業でもありますが、同時に事業承継型ベンチャー企業として各種のコンテストやピッチコンクールにも出場し、いくつも受賞されてきました。製造業界ではいち早く週休3日制やリモートワークを導入したKANMAKIは、従業員と共にこれから先の未来を見据えています。


「救世主」のつもりが、向けられたのは厳しい目だった


ーー まずは、簡単に久保さんの自己紹介をお願いします。


久保さん(以下、「久保」):幼少期はそこそこボンボン待遇を受けて育ちました。祖父が会社の創業者で、父が2代目、祖父は自分にとってのカリスマで「自分も祖父のように自らの意志で何かを成し遂げたい」という思いを抱えて、大学では舞台演劇の世界に入り、脚本家を目指すようになりました。そのころ書いた脚本の登場人物が「全部自分(久保さん)になってしまっている」と言われてから、「人」を知らないと描けないと気がつき、「人」に興味をもち、よく観察をするようになり、演出家の仕事を志すようになりました


その後、残念ながらプロとして演劇の世界で生きていくことは諦め、25歳の時に「自分は誰かの下で働くことはできない」と思い、なかば消去法的な勢いで起業を選択してしまいました。正直起業をした頃の話はほとんど記憶がありません。独善的な振る舞いによってスタッフの心が離れてしまい、事業も行き詰まり、まとまった負債を背負うことになり、今思えば、本当に大変な時代でした。その頃にようやく家業KANMAKIの話が出てきます。色々あって家業がピンチだということで、家業の立て直しのため地元に戻ることを決め、入社をすることになりました。


取締役として入社した初日は「この会社のピンチを救う」という救世主のような気持ちで、社員からも歓迎されるものだと思っていました。しかし現実は、スタッフからの見定めるような冷ややかな視線と態度の洗礼を受け、ここからの挑戦には相当の覚悟がいると思ったのを覚えています。


―― そんな中、会社の中でどのように動いていったのですか?


社内のそうした雰囲気が醸成された原因を知るために、終業後に一人工場に行って、その日に起こった出来事を想像しながら観察していると、真剣に仕事に取り組んでいる人は足跡が同じ場所についている、一方で仕事の成果にバラツキがある人はあちこちに足跡がついていることに気づきました

自分が心を開ける相手は誰なのか?自分なりの確かめ方で、仕事に真摯な態度で向き合っている人間を大事にして、関係性を作ることにしました。


その為には自分が信用に足る人間であると理解してもらう為に、当時の自分にはハードワークしか思いつかず、とにかく量をこなすことを心掛け、本気度を示そうとしていました。

私は自分の中の軸として、人の好みや関心に理解は示すけど、無理して共感まではしない「積極的無関心」を貫いています。私にとっては会社が社会の目でどう見られるかが一番大事で、私は既に私個人ではなく、「私自身=会社」と考えて成長することを第一に考えるべきだと思っています。



ビジネスで結果を出すために、「カルチャー」を根付かせたい


―― 入社当時を振り返って、どんな困難がありましたか?その壁をどうやって越えて行ったかを教えてください。


久保:私達の会社はパッケージや包装ラベルに使用される顔料箔を製造する仕事です。顔料箔という言葉に馴染みがなくても、ブランド化粧品のパッケージや買い物かご、注射器の目盛りなどは誰もが見たことがあるはずです。KANMAKIは生活の身近で使用されている顔料箔を製造しています。

私達の業界はピラミッド構造における下請けのポジションなことに加え、ニッチなものを作っているために認知度が低く、評価されにくいという課題があります。自動車部品では第八次請けくらいのポジションですから、この枠を飛び越えるには認知と信用度を高める必要がありました。



そこで目をつけたのが、ピッチコンテストです。リーダーとして会社の認知度を上げるにはプレゼン能力も必要ですから、銀行主催のピッチコンテストで逆転を狙ったのです。

結果は優勝となり、経済産業省が次世代のグローバル起業家を育成するプログラム「始動 -Next Innovator-」にも選ばれたことで、取引先からの扱いもこれまでと大きく変わりました。今までのピラミッド構造の中では興味を持たれずに終わっていたところが、大手企業からも要素技術や素材に対する興味・関心を得られている手ごたえがあったのです。

ただ、ピッチコンテストで優勝しても、その後2年ほどは売上が上がらず苦しい時期でもありました。私達はニッチな業界ですから、やはり技術の素晴らしさは伝わりにくかったようです。

コンテストで良い結果を出しても、まだビジネスで結果を出したわけではありません。


―― 外部からの評価を得て、一つの壁を乗り越えたわけですが、今向き合っている課題は何でしょうか。


多くの企業の組織図ではトップダウン方式になっていて、平常時はそれで上手く回るので問題ありません。問題があるとすればトップダウン式は平常時でも緊急対策本部を置いていて、ティール組織でもそうですが連携や連絡系統がごちゃごちゃになってしまいます。経営陣としても組織の下の方で何が起きているか細かい部分がわからず、誰かが嘘をついていても透明性が低いせいで見えてきません。


その点を私達は仏教の曼荼羅のように経営陣は中央に、周囲を太陽系の惑星のように各部門・社員が回っている状態を目指しています。普段はお互いにフラットな関係で、非常事態が発生した場合には、中央がトップの円錐状の組織図になって一気にスピード感を持って進めていきたいと思っています。


そうした仕組みを組織のカルチャーレベルに落とし込みたいです。カルチャーまで醸成できれば、経営者がスタッフの働きをいちいちチェックしなくても、スタッフを信頼してマネジメントコストを下げることにも繋がります。なにより、カルチャーは経営者が変わっても生き続けますから、代変わりに影響されにくいはずです。私は経営者の役割は達磨落としのようにわずかずつズレた状態に対して、中心線を通るようにすることだと思います。


―― 久保さんは、「後継ぎ」ということをどのように捉えていますか?「後継ぎ」ならではの大変さを教えてください。


久保:よく「やりたいことをやらせてもらえないから、後継ぎって大変ですよね?」みたいなことを聞かれることがありますが、そこに関しては「NO」ということが多いです。世代交代したからこそ起こる独自の課題、というのは無く、組織が生まれ成長していく中でぶつかる壁(課題)の発生する順番がポイントだと思っています。


私は「鎌倉殿の13人」が好きでよく観ているのですが、最初のうちは狩猟民族型の個の力のある集団が勢力を伸ばしています。ですが、ある程度組織が大きくなると、どこかのタイミングでマネジメントが必要になり、官僚型の人材も入れていかないと上手く統治できなくなっていきます。


結局のところ、ゼロイチのスタートアップも地方の企業も組織の辿る道はは同じで、壁の現れる種類とタイミングが異なるだけで「後継ぎだから大変」というのは言い訳にならないのだと思います。後継ぎは積み重ねてきた「誇り」にはあくまでリスペクトを持って対応し、いい加減な仕事とか色々なしがらみで積もってしまった「埃」を徹底的に取り除いていくことが大事になると思います。



記事は後半へと続きます。

後半では久保さんが現在のKANMAKIの体制づくりで尽力したポイント、週休3日制を業界内でもいち早く導入した経緯を語ってもらいました。

そして、これから先のKANMAKIがどのような人材育成を行っていくのか、久保さんの考える「共感可動域」とは何かを教えていただきました。次世代の経営者に久保さんが伝えたいことを知っていただき、多くの方が久保さんとKANMAKIに興味を持たれることを期待しています。

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